東奥日報  


裁判員裁判(青森)の法廷詳報・2日目 法廷の様子


 青森地裁で3日開かれた裁判員裁判の法廷の様子は次の通り。裁判員は法壇に向かって左から順に1〜6番と表記した。第1事件は2006年7月10日の強盗強姦(ごうかん)罪、第2事件は08年6月7日の窃盗罪、第3事件は今年1月7日の窃盗未遂罪、第4事件は同日の強盗強姦罪(4事件とも住居侵入罪も)で、被害者は公判と同様、第1事件はAさん、第2、第4事件はBさんとした。

 ▽やや緊張ほぐれる

 午前10時すぎ、裁判官3人、裁判員6人、補充裁判員3人が法廷に入ってきた。正味約6時間に及んだ前日の審理の疲れはうかがえず、逆に緊張がいくらかほぐれたように見える。着席位置は全員前日と同じ。田嶋靖広被告(22)も前日と同様にスーツ姿で弁護人の隣に座っている。

 小川賢司裁判長が開廷を宣言。中川きた江検事が立ち上がり「おはようございます。本日もよろしくお願いします」とあいさつすると、裁判員はそろって検事を見る。

 起訴内容の審理は前日で終わり、きょうは刑を決めるために考慮すべき事情(情状)について審理される。

 中川検事は「まず被告人の祖母の供述調書で、被告人の成育歴については次のように話しています」として、生後すぐ両親が離婚したこと、小学1年のときに母親が病死したこと、その後、千葉県から県内に被告と2人で移り住んだことなどを述べた。

 「靖広の母親の保険金や息子からの仕送りもあり、大きな不自由はなく生活していました。息子は平成20年にがんで亡くなりました」

 裁判員はうつむきがちだった前日と違い、中川検事の方を見たり、法廷を見回したりしている。ただ1番は下を向いたままだ。

 次は被告の親せきの供述調書。「靖広が東京から戻ってくると、営業の仕事を紹介しました。まじめにやっていました。祖母と2人暮らしでも並の生活であれば、十分にやっていけたでしょう。多額の借金があったと聞いて驚いています」

 弁護人の竹本真紀弁護士が立ち上がり「おはようございます。きょうもよろしくお願いします」と大きな声であいさつ。

 情状審理に当たり「責任追及や制裁だけでなく、いかに更生させ、社会に戻る方法を与えるか。検察側は制裁することを中心に考えますが、弁護側は更生という観点から説明したいと思います」と方針を示す。

 「本人はどうすることもできない成育歴が人生を決めてしまうこともあります。法務省の心理技官だった方の書物を紹介します」と述べ、成育歴が犯罪につながるとの内容を引用した。

 その上で竹本弁護士は「みなさん、どうして性犯罪なんてできるのだろうと思っていることでしょう。両親の下で成育されず(両親でない大人の中で)常にいい子と評価される必要があるという、このようなことがあると、いつしか自分の感情を失ってしまいます。生い立ちを振り返ることが重要です」と指摘した。

 力説する竹本弁護士の顔をじっと見詰める裁判員もいた。

 ▽祖母証言にうなずく

 竹本弁護士は被告が被害者に謝罪の手紙を出したことを紹介した。Aさんには検察官を通して渡されたが、Bさんは受け取りを拒んだという。竹本弁護士はAさんへの手紙を朗読する。

 「わたしの身勝手な行動から、絶望感や苦しみを感じながら生活をしていることを心根から後悔しています。おわびという言葉と、しっかり向き合っていきたいです。本当に申し訳ありませんでした」

 被告の親せきから「多額の借金があるとは知りませんでした。話してくれればと悔やまれます。祖母の面倒も重荷になっていたかもしれません。靖広を今後支えていこうと思います」という手紙が寄せられたことも明らかにした。竹本弁護士はさらに、被告が祖母へあてた手紙を読み上げる。

 「逮捕でおばあちゃんがどれだけショックを受けたかと思うと、胸がはりさけそうです。おばあちゃんに対しては本当にごめんなさい。健康だけは気をつけてください」

 続いて被告の祖母が傍聴席から出てきて、法廷中央の証言台の前に立った。今回の裁判で唯一の証人尋問。裁判員の視線は祖母に集中する。被告も祖母を見詰めている。祖母は弁護側の証人なので、弁護人の安沢裕一郎弁護士から質問する。

 弁護士「母親のお葬式のときに靖広さんに何か言われましたか」

 祖母「『ぼくが我慢したのに、おばあちゃんは泣いてばかりいる』と言われました」

 弁護士「(被告は)小学校のときに賞をもらったそうですね」

 祖母「2年のとき『思いやり賞』というのをもらいました。女の子が沼に帽子を落として泣いていたので、帽子を取ってあげたのです」

 裁判員5番、6番はメモを取っている。

 安沢弁護士が「被害者について、どう思いますか」と尋ねると、祖母は「申し訳ないと思っております。償いをして帰ってくるときはきれいな心で、子どものときの心で帰ってきてほしい。わたしが生きていれば喜んで支えてやりたいと思っています」と述べた。

 祖母の証言はか細い声で、法廷は静まり返っている。「うん、うん」と小川裁判長。一緒に裁判員もうなずいている。

 弁護側の主尋問が終わり、青森地検の田野尻猛次席検事が反対尋問に立った。「中学校や高校のころ、万引や盗みはありましたか」

 祖母は「知りません」と否定。事件当時の被告の様子におかしな点はなかったかと尋ねられても「分かりません。ただ飲み歩き、朝帰りするようになりました。やめるように言っても『会社とか友達とかあるから』と言っていたので信じていました」と答えた。

 「裁判所の方から質問したいことがあるかと思いますので、5分間休廷します」。小川裁判長は8月の東京、さいたま両地裁の裁判員裁判と同じように、裁判員が証人尋問する前に打ち合わせの時間を取ったようだ。

 休廷中、祖母は弁護人席で涙ぐんでいるが、被告は前を向いたままで、祖母の方を見ない。

 11時少し前、祖母の証人尋問が再開された。

 ▽質問変える機転も

 「裁判所から質問したいと思います。どなたかございますか」。小川裁判長が促すと、裁判員4番が手を挙げた。

 4番「被告が逮捕された後、おばあちゃんが初めて会ったとき、どのような話をされたのか」

 祖母「(逮捕されたことが)信じられないという心がありましたが、刑事と話して本当だと分かって、それでも信じることができなくて…」

 やりとりがかみ合わない。裁判長が「質問の趣旨は…」と説明しようとするが、4番は機転を利かせて質問を変える。

 4番「逮捕後に被告と初めて会われた日は」

 祖母「31日」

 裁判長「31日?」

 竹本弁護士「8月31日です」

 「そのとき、被告と話されたことは」と4番。声が小さく、聞き取りにくい。祖母も「ちょっと耳が遠いので」。4番は大きな声で「その際、被告から何か話はありましたか」と尋ねた。

 祖母「体のことを言われました」

 4番「お体は大丈夫ですかということですね。『今回はすみません』とかはありましたか」

 祖母「わたしから言わなかったので。言いたいことはいっぱいあったのですが、事件のことは面会で言わないようにと書いてありましたし」

 4番「被告は謝罪(の言葉)とかは言わなかったですか」

 祖母「そのときは言いませんでした」

 続いて、6番が問う。「被告はお母さんが小学1年のときに突然亡くなって、それでも気丈に振る舞っていたということですが、その後、泣いていた様子はありますか」

 祖母「本人は『母親のことを思い出せない』と言ってましたから」

 小川裁判長が証人尋問の終了を告げ、祖母が頭を下げると、裁判員は祖母を見つめ、数人は頭を下げた。2番と6番は祖母が傍聴席に戻るまで目で追っていた。

 休憩を挟んで11時20分すぎに審理再開。情状の証拠調べが続き、郷政宏検事が被告の供述調書を読み上げる。

 「小学校高学年のときにスーパーで何度か万引しました。中学生のときは、友人のマンションで通り掛かった玄関ドアの新聞受けに封筒があり、中に7万円入っていました。わたしの家にはお金がないのに、他人の家にはお金があると思いました。この7万円を盗んだことが、その後の盗みのきっかけです」

 祖母が「知らない」と答えた被告の非行が明らかにされ、被告の方を見る裁判員もいた。

 「高校2年のとき、空き巣に入りました。この家が今年1月に強盗強姦をしたBさんの隣のアパートです。その後、アルバイトをしたので、盗みはやめていました」

 郷検事が前日から証言台の後方に掲げているボードの“年表”を指しながら、被告の調書を読み進めると、摘発されていない事件まで出てきた。「第4事件の翌月、借金返済に困り、会社のお客さんから10万円をだまし取りました」。裁判員は顔を上げ聞き入った。

 ▽言葉に詰まる被告

 証拠調べは弁護側に交代。竹本弁護士は性犯罪被害者が書いた「性犯罪被害にあうということ」「STAND―立ち上がる選択」、生い立ちにかかわる「『自分のために生きていける』ということ」(精神科医の斎藤学氏著)の計3冊を被告に差し入れたことを明らかにし、読んだ感想が書かれた被告のノートをモニターに映し出した。

 裁判員はモニターを見詰め、6番はメモを取り始めた。

 「(被害者は)本当につらい思いをして苦しんでいると思います。心の傷のせいでまわりの人たちと温度差を感じたり、嫌な思いもしたと思います。わたしと似た人を見ると、すごく恐怖を感じたこともあったと思います。本当に自分のしたことを悔いてなりません」

 裁判員4番は目を閉じて聞いていた。裁判員でただ1人女性の5番は大きくうなずいた。

 情状を判断するための被告人質問に移る。

 安沢弁護士「父親をどう思っていましたか」

 被告「何も感じず、会いたいという感情は生まれなかったです」

 弁護士「母親が亡くなったときどうでしたか」

 被告「心に穴が開いたようで、抱えきれないショックを受けました。葬式のとき、祖母が泣いていたので自分は我慢しなくてはと思いました」

 裁判員3番は頭に手をやり、考え込んでいるように見えた。被告は安沢弁護士の質問に答え、少年時代の心境を語る。

 「元気に振る舞っていれば、同情の目が薄れ、普通の子供と同じように過ごせた」「大人は何もしてくれない」「いい顔を崩してはいけないと知りました。本当の自分は出せないと思いました」

 途中、被告は言葉に詰まり「すいません」と二度口にした。うつむいていた裁判員1番が被告に目をやった。被告の耳が赤くなっていく。

 弁護士「死にたいと思ったことはありますか」

 被告「あります。小学3年からだと思います。自転車で大きい国道へ飛び出したり、マンションの屋上でフェンスから足を出したりしました」

 弁護士「人と本当のつながりを得られたことはありますか」

 被告「いいえ」

 弁護士「心から人を愛したことはありますか」

 被告「いいえ」

 裁判員は被告を凝視する。被告は高卒後、1年だけ東京にいたときのことを「しがらみから逃げられ、いい子の仮面が取れました。自由を感じました」と振り返った。

 弁護士「東京から県内に戻ったときの気持ちは」

 被告「以前よりしがらみを感じつらかった」

 午後0時15分、休憩に入った。被告は目に涙を浮かべ、裁判員が退出する様子を眺めていた。

 お昼休みが終わり、公判は午後1時15分から再開された。安沢弁護士の被告人質問が続く。

 弁護士「性犯罪が被害者をどんなふうに傷つけるか、思い至らなかったんですか」

 被告「幼いころから感情を殺していく中で、人に対する、そういう気持ちをなくしてしまったというか…」

 裁判員5番はしきりにメモを取り、6番は手元の資料をめくった。

 安沢弁護士は「第4事件で2月末ごろに逮捕される直前、あなたは第1事件も警察に話したということですね。裁判員制度の対象と言われましたか」と話題を変える。

 被告「3月の中ごろに聞きました」

 弁護士「裁判員制度は5月21日(以降に起訴された事件)からですが、3月半ばに聞いたんですね。どう思いましたか」

 被告「注目されて目立つんじゃないかと思いました。被害者の方も注目され、また嫌な思いをするんじゃないかと」

 裁判員3番が被告を注視する。

 弁護士「半年くらい拘置されているが、体重は減りましたか」

 被告「10キロ以上減ったと思います」

 弁護士「このような事件を二度と起こさないと約束できますか」

 被告「はい」

 弁護側が終わり、検察側が質問する。

 「二度とやらないと言いましたね。社会に戻り就職がうまくいかなかったり、ストレスがたまることがあるかもしれません。金に困って第3、第4の事件を起こしたでしょう。後先考えずに、しかも二度もね」。田野尻次席検事は反省の姿勢が本当かどうか、ただそうとしているようだ。

 次席検事が「思いとどまるとか、生活を改めるとか、できなかったんですか」と尋ねると、被告は黙り込む。裁判員をはじめ、法廷内にいる人の視線が集まった。

 「思いとどまることはできましたが、生活を改めることはできなかったと思います」と被告。次席検事は「それは自覚の問題ですね」と述べ、質問を終えた。

 竹本弁護士が立ち上がり「二度とやらないと裁判員も信じていると思うんだけど、その期待を裏切らないよう約束できますか」と確認する。被告は「はい」と答えた。

 ▽裁判員の被告人質問

 数分間休廷し、裁判員の質問が始まった。

 2番「小学校時代、先生に土下座させられたという話を(被告人質問で)していましたが、詳しく教えてください」

 被告「友達からたたかれたり、けられたりして自分もおしりをけったんですが、相手の担任に『おまえの言い分はいいから』と土下座させられました。その後、再会した際『殴ってこい。また土下座させてやる』と言われ、本当に大人は…と思うようになりました」

 5番「第1事件後、冷静な気持ちで生活できましたか」

 被告「しばらくは、やはり気持ちが落ち着きませんでした」

 4番「なぜ次の事件を起こしたのですか」

 被告「冷静な気持ちが消えていったということです。日がたつにつれ、人の痛みを考えられない自分がいました」

 4番「逮捕されていなかったら次の事件を起こしていたと思いますか」

 被告「もしかしたら、していたかもしれない」

 6番「第3事件のとき、男性の部屋だとすぐに分かったんですか」

 被告「ものを探している中で気付きました」

 3番が被告を見ながら手を挙げた。「消費者金融に(借金を)払った後で飲み食いするのが当然だと思うが、まず飲み食いして盗みをしようという考えに走っているのではないか」

 被告が「払わなきゃいけない気持ちはあったんですが、遊びに使う、逃げたいという感情を優先して事件へ向かってしまいました」と答えると、3番は「そこが一番残念というか、普通ちょっと考えられない」と述べ、あきれた表情を見せた。

 ▽被害者の意見陳述

 「被害者のお二人に意見陳述していただくことにします。Aさんからお座りください。聞こえますか」。午後2時50分。静まり返る法廷に小川裁判長の声が響く。傍聴席から見える大型モニターは切られている。裁判員6人は背筋をのばしたように見えた。

 「はい」。か細い声でAさんが答えた。小川裁判長は「ビデオリンクを用意しています。傍聴席や被告人の席には見えないのでご安心ください」と説明した。Aさんが話し始める。

 「被害の後、食欲はなく眠れない日が続きました。捕まるまでずっと犯人の影におびえていました。今でも襲われるときのことを夢にみます。ドンという音を聞くと心臓がドクドクします。体がブルブル震えます。涙がひとりでに流れてくることがあります」

 裁判員5番の女性がうつむいて、手元の資料をめくる。3番の男性は険しい表情を見せた。

 「いきなり『殺す』と言われ、目隠しをされて両手を縛られました。刃物を胸に突きつけられました。言うことを聞かないと、殺されると思い、いいなりになりました」

 6番は目元を手でぬぐう。2番は口を真一文字に結んだ。

 「窓の鍵を閉め忘れて自業自得」という犯人の声は、今でもAさんの頭の中に響く。「買い物をしている家族連れやカップルを見ると、わたしだけなぜこのような目に遭わなければならないのかと思います。あの日以来、わたしだけ別の世界にいるような感じです。あのときに殺されていればいいと思ったこともありました」

 じっとモニターを見続ける4番。1番はモニターを見ずに、ほとんど下を向いている。

 「わたしは今の給料の範囲で、ぎりぎりの生活をしています。犯人がどんな生い立ちだろうと関係ありません」。Aさんが遊ぶ金欲しさの身勝手な動機を指摘すると、6番がうなずいた。

 「あんなにひどいことができる人が簡単に変われるわけがありません。犯人には、一生刑務所に入ってもらいたいです。それができないならできるだけ長く刑務所に入ってもらいたいです。わたしのように苦しむ女性を二度と出さないでほしいです」

 Aさんが用意した書面を読み終えた。「ほかに話したいことはありますか」。そう尋ねる中川検事が涙ぐんでいる。

 「きょうここに来たのは、この苦しみを犯人や裁判官、裁判員にどうしても伝えたかったからです。一生屈辱を受けて苦しんでいかなければなりません。厳しい処罰をお願いします」

 5番が何度も何度もうなずいていた。

 ▽裁判官も目尻赤く

 「わたしが言いたいのは、女性として一番ひどいことをされたということです」。Bさんの陳述に移った。サポート役は郷検事に交代した。

 「1週間ぐらいはほとんど眠れず、食事もできませんでした。どうしてわたしだったのか」

 食事はお茶とヨーグルトが精いっぱいだという。事件はニュースでも流れ「知人にばれてるんじゃないかと思って心配になりました」。法廷に流れる声で、涙ぐんでいるのが分かる。

 Aさんのときもそうだったが、被告は微動だにしない。

 「犯人に『黙れ』と言われた声が怖くて頭にこびり付いています。首を絞められたとき、息もできず苦しくて、本当に殺されると思いました。タオルで目隠しをされたとき、犯人が何をしているか見えず、おなかを刃物で刺されるんじゃないか、首を絞められ今度こそ殺されるんじゃないか、と思いとても怖かった」

 当時の様子を生々しく話すBさん。裁判官3人もモニターに集中している。

 水道管の点検と偽ってBさんの家に押し入った犯人。「一番事件のことを思い出すのは、玄関のチャイムが鳴ったときです。知らない人がドアの反対側にいると思うと事件を思い出し、ドア越しにのぞくのも怖くてできません」。元に戻すことのできない“日常”を語る。2番の裁判員が、顔や首などの汗をタオルでしきりにふく。

 「道路を歩いていても後をつけられているのではないかと心配になり、何度も後ろを振り返ったり、人がいるコンビニに入ってやり過ごしたりしたことは、数え切れません。犯人と似た格好や年や体格の男性をみるとドキッとします」

 また5番の裁判員がうなずく。

 「犯人を一生許せませんし、ずっと刑務所に入っていてほしいと思います」。Bさんの声のトーンが少しだけ強くなり、Aさんと同様、激しい被害感情を訴えた。

 「(被告が)刑務所を出たら県内に戻ってくるかも」「どこかで会うかも」「恨まれてもっとひどいことをされるかも」

 Bさんが「わたしが出て行くしかないのかな」と考えていることを話すと、裁判員5番は姿勢を正し、6番は悩んでいるのか、頭をかいた。

 「わたしも母子家庭で母も亡くなりました。生活は楽ではありませんが、まじめに働いてきました。育った環境が恵まれていないのと、事件を起こしたことは関係がないと思います」

 成育歴から情状酌量を求める弁護側の姿勢を批判する。西山志帆裁判官の目尻も赤い。

 書面を読み終えたBさんに、郷検事が「ほかに話したいことはありますか」と尋ねた。

 「きょうは来ようか、やめようか迷いましたが、ひと言伝えることで刑が重くなるのであればと思い、勇気を出して来ました。犯人を許す気にはなりません。少しでも長く、出来れば一生刑務所に入っていてほしいと思います」

 2人の意見陳述は約20分で終わった。傍聴席には、顔をタオルで覆う女性もいた。

 ▽被害感情を強調

 郷検事が証言台の後方に立ち、法壇を見渡して「裁判員の皆さん、2日間にわたり長時間、熱心に審理を聴いていただきありがとうございます」と語りかけた。大型モニターに「女性の人格を無視、卑劣」と映される。論告が始まった。

 「被告がAさんに何をしたのか、もう一度思い出してください」。裁判員6人全員が郷検事を見詰め、被告はうつむいている。「Bさんにしたこともひどいものでした。これを卑劣と言わず、何と言うのでしょうか」。裁判員5番の女性が大きくうなずいた。

 「被害者には死の恐怖がありました。被告人に殺すつもりがあったかなど関係ありません。2人は恐怖を現実のものとして感じていたのです」

 モニターに「深刻な影響」と出た。「事件が2人の心に与えた影響は極めて重大であります」。郷検事が続ける。

 「被害感情については2人が先ほど皆さんに述べられました。普通は尻込みするだろうと思いますが、意見を述べることを選んだのはなぜでしょうか。今どんな気持ちかを皆さんに直接訴えたかったからなのです。2人の言葉を思い出していただきたいと思います」

 裁判員2番が顔をゆがめた。3番は被告をじっと見た。

 郷検事は、第2事件で軍手や粘着テープを準備してBさんの家に侵入した犯行の計画性、悪質さを強調。「被告と弁護人は『包丁は突きつけておらず、自分を安心させるため持った』と主張しています。強盗強姦目的なのに、平然とうそをついています」と被告側を厳しく批判する。

 「第1事件当時、被害者が少年であったことを過大に評価するのは妥当ではありません。19歳9カ月という成人に近い年齢でした」

 裁判員2番は手元の資料に何度も目をやった。どの裁判員も熱心に聞いている。

 郷検事がひと息置き、あらためて法壇に並ぶ裁判員を見回し「皆さまには、本当に反省しているのか、事実と証拠に照らし合わせ、慎重に判断していただきたいと思います。被害者も『あんなにひどいことができる人が簡単に変われるわけがない』と言っていますが、まさしくその通りです」とたたみかける。

 被告はうつむいたまま、細かくまばたきを繰り返した。

 「強盗強姦罪は一度でも無期懲役もしくは7年以上の懲役刑です。量刑で特に留意していただきたいのは、女性の人格を否定した卑劣な犯行であり、被害感情が極めて厳しいことです。また反省の気持ちも感じられません。被告は懲役15年、懲役15年に処すべきと考えます」

 求刑を二度繰り返した郷検事は「ご審議ありがとうございました」と深々とおじぎした。1〜3番の裁判員は戸惑った感じで頭を下げた。4〜6番の裁判員らはまっすぐ前を見たままだった。

 ▽「更生の芽摘むな」

 最終弁論のため、今度は竹本弁護士が立ち上がる。「わたしの声に耳を傾けて聞いてください」。裁判員が注目する。

 「どのような刑罰を与えるかがポイント」とまず述べて、包丁は「突きつけた」のではなく、より実態にあった表現にすべきだと指摘した。

 続いて、第1事件のときに被告が少年だったことや初めから強盗や強姦が目的ではなかったことなどを説明した。裁判員の表情は険しく、2番は手で口を押さえ、話を聞いている。

 裁判員3番は、早口で話す竹本弁護士の顔と資料を見比べた。

 さらに竹本弁護士は、第3事件が窃盗未遂で終わっていることや、第4事件は当初から強盗を決意していたわけではない点などを挙げる。

 「刑罰を判断する際に考慮していただきたい事項を申し上げます」として、まず被告の成育歴に言及した。

 生後すぐに両親が離婚したことや、周囲の大人に甘えたり、わがままを言ったりできる環境がなかったことを挙げ、それらが被告の人格に影響を与えた可能性があるとの見解を示す。

 そんな「一般的でない環境」の下で成長することを余儀なくされたことは「被告に何の責任もありません」とし、頭ごなしに被告を否定しないでほしいと訴えかけた。

 「更生の若い芽を摘むようなことはしないでください。前科もなく、今まで悪いことをしても指摘してくれる大人がいませんでしたが、今回を契機に生まれて初めて自分の生きざまを振り返り、反省しています。間違った部分を直して十分やり直せます」

 裁判員2番はメモを取り、4番は傍聴席に目をやり、5番と6番は弁護人を真剣な表情で見ていた。

 モニターに、過去の強盗強姦事件の量刑分布が映し出された。裁判員は顔を近づける。

 「懲役5年と判断されているものが、33例中2例です。しかも、うち1件は刑務所から出所して間近でした。強盗強姦2件以上の場合でも、懲役6年8月とされたケースがあります。今回は2件のうち1件が少年事件ですから、被告人には、懲役5年が相当と考えております」と述べ、最終弁論を結んだ。裁判員の表情に変化はない。

 小川裁判長が「裁判官や裁判員に話したいことはありますか」と被告に最終意見陳述を促す。公判は最終局面だ。

 「きょう初めて被害者の直接の気持ちを聞き、どれだけ取り返しのつかない傷を付けて苦しめたかをあらためて実感し、自分のしたことがどれだけ重い罪なのかを知ることができました。自分が今できることは、被害者へ反省の気持ちを持ち、どう反省するかを考えることです」

 被告は紙も見ずに、はっきりとした口調で続ける。「弁護士さんの話や本を読んで、自分の足りないものをこれから心の中で築いて、二度と犯罪をしない、人を傷つけないという約束を破らないよう、頑張っていきたいです。今はそれが精いっぱいの気持ちです」

 小川裁判長が「うん、うん」と声を出しながらうなずき「それでは結審します。あすは午後3時30分に判決を宣告します」と述べた。結審は午後4時45分ごろだった。

(共同通信社)


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