「海峡サーモン」苦闘27年、直販にかける大きな夢

 ドナルドソンニジマスを淡水で2年、海水で8カ月ほど育てる「海峡サーモン」。むつ市大畑港沖合の養殖現場に連れて行ってもらった。5月初旬の朝は、晴れて穏やかな海だった。午前7時25分に大畑港を出港、10分ほどで海上のいけすに到着した。


 北彩漁業生産組合代表の濵田勇一郎さんら3人が餌を次々に投入。12メートル四方のいけすの下方からサーモンが餌に向かって浮上しては食らいつく。銀鱗がきらり光る。6基のいけすを回って餌やり終了だ。

 続いて出荷用の5メートル四方のいけすへ。80センチほどのサーモンがクレーンで操られるたもにすくい取られ、船上の氷入り水槽に。触ってみると、脂がのっているのか、とろり、つややか。一部は鮮度保持のため、船上でえらと尾部の動脈を切って血抜きして活〆。

 すべての作業が終わって港に戻ったのは9時31分。およそ2時間かかった。餌やりは春夏秋冬、晴天の日も荒天の日も日曜を除いて原則毎日。冬場は特にハードな作業となる。年間生産量は55トンから60トン。

 この日の作業は順調だったが、「海峡サーモン」養殖27年の歴史は苦闘の歴史でもある。事業が軌道に乗ったのは、この3年ほどという。大畑はイカの町だが、八戸などと同様に漁獲量と漁価が低迷。そこで捕る漁業だけではなく、育てる漁業へとサーモン養殖を開始した。


 しかし、コストと値段が合わず、市場出荷から直接販売へ切り替え。販路開拓の苦労が付きまとい加工品の在庫過剰に。稚魚の確保、生存率、爆弾低気圧襲来など難題山積。当初の大畑さけます養殖漁業研究会は解散の憂き目に遭った。

 くじけていられないと、代表の濵田さんは父らが開始した養殖事業を再立ち上げして現在に至る。市場出荷は価格を設定する相対取引にして、全体的には直販主体にして価格を維持している。北海道の養殖サーモンが消滅した現在、海峡サーモンが日本最北のサーモンとなった。

 「もっと全国に知られるようになりたい。大畑の直販所を拠点として、自分たちの商品をもっと直接売りたい」と濵田さん。苦闘の歴史を感じさせない、さわやかな表情、語り口だ。本当に頑張ってきたのである。食すると、おいしいのである。濵田さんらの夢が大きく、大きくかなう時がきっと来るはずだ。



カダル団、カフェ拠点に地域おこしに奮闘

 「イカす大畑カダル団は大畑のイカ、いいねという意味のいかす、自然や人的資源を活かす-ということから名付けたのです」。若手による地域おこし団体代表の長岡俊成(ながおか・しゅんじょう)さんは、ユーモラスな団の名前のゆえんを語る。本業はむつ市大畑にある曹洞宗円祥山大安寺の副住職だ。団の活動開始は2012年5月、今年2015年で4年目になる。

 長岡さんは地元出身。東京で大学卒業後、広告関係の仕事をしていたが、地元が元気をなくしていく状況を見て一念発起、寺を継ぐ覚悟をして修行に入るとともに、地域おこしにかかわることにしたのである。大畑・薬研を素通りさせず、待ち受けて、来てもらい、楽しんでもらい、健康になってもらって、地域を活性化させるのが狙いである。

 まず、大畑の資源でもある薬研温泉郷が2015年に開湯400年を迎えることに照準をあて、温泉郷の真ん中にある小さな林間にカフェ「Kadar(カダール)」を開店した。以前は酒屋さんで、もともと人が集まる場所であった。訪ねたのは5月上旬。クヌギ、クリ、トチなどの木々があり、青天の下、さわやかな風が吹き抜けていた。

 さて、団の活動は急ピッチだった。「開始5カ月後の2012年10月にカフェをオープンし、勢いで地元の芸能発表などのミナカダ祭もやったら千人以上が集まってくれた」という。 一方で活動は独りよがりにならないよう、先輩たちの話を聞き、仲間に引き入れて、「こいつら、本気なんだな」と思ってもらうように心掛けてきた。

 「カフェとか小さいこと、自分たちでやれることから始めて、少しずつ活動がみんなに伝わっていけばよい」。今後はカフェで裂き織などの地元産品コーナーと情報発信コーナーを強化したい。夜の集まりの場もつくりたい」と話す。そして、子供たちが活動の背中を見て育つことにより、地元に根付いてほしいと願っている。次の世代まで続く持続的活動なのだ。偉いなあ。


 ところで、薬研温泉郷の薬研とは、漢方薬に使う薬草などをすりつぶす道具に由来している。同温泉郷の温泉を発見した家系である古畑旅館の18代目の古畑一雄さんは「先代まで漢方薬を作っていましたよ。歴代で一番多い時は1800種類ほど、先代でも500種類ぐらい作っていたようです」と話してくれた。なんと多いことだろう。驚くね。

 実際に使っていた2つの薬研を旅館フロントの戸棚から出して見せてもらった。鉄製でずしりと重かった。温泉ばかりでなく漢方薬でも地域の健康に貢献していたのである。旅館の風呂はヒノキの四方囲いで他にない造作だという。2階の窓から大畑渓流が見えた。「源泉はあそこですよ」と古畑さん。渓流沿い、旅館のすぐ傍にあった。開湯400年を担ってきた源泉であろうか。

注意)カフェはカダール、団名はカダル団。

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