黒石は距離感の近いまちだね

 「やあ、どうも」。黒石市の横町十文字まちそだて会理事長の村上陽心(あききよ)さんは、通りすがりの知人に声を掛けた。「きのう、飲み過ぎたね」。今度は別の知人に声を掛けた。どうやら、まちの主だった人みんなと知り合いのようだ。ここは、距離感の近いまちに見える。黒石市役所の課長補佐の太田淳也さん、主幹・係長の長谷川こづえさんも、まち歩きに同行してくれた。

 「小さなまちかど博物館」を始めた理由は、外からの来訪者にまちのことを問われて答えられなかったからと村上さん。「悔しかった」という。いまは違う。まちを特徴づける博物館は火の見やぐら館、黒石藩御用達の米穀を扱った300年前の旧家である国文化財の高橋家、明治時代の米問屋から一転してアンティークおしゃれ館、酒蔵など15の施設を案内して回っている。発掘して勉強してちゃんと説明しているのである。

 案内は2014年で20回ほどだったが、今年は40回から50回を目指すといい威勢が良い。藩政時代に殿様が近江商人を呼んで商いさせて、港町の青森から黒石に魚介類を運んで来たという。「それで仕出し屋ができて、旅館ができて、宿場町としてにぎわった」。名残の建物がまちなかのあちこちにある。

 店の軒を伸ばして通路にした「こみせ」が黒石らしい風情を醸し出す。軒先には輪になった金具。何だろう?これこそ、魚介類を運んで来た馬を店先につないだ金輪「さつなぎ」だ。軒先の通りは往時、青森まで直通していたという。



 博物館の一つ、雪国の作業長靴である「ボッコ靴」は現在、東南アジアから輸入した天然ゴムを使用しており、雪の冷たさが伝わりにくいと好評である。昭和の初めごろから津軽地方一帯で使用されていたが1970年代に姿を消し数軒あった製造元もなくなった。

 ところが、1995年ごろに製造してほしいとの要望があり、2005年ごろに復活製造開始となったのである。現在ただ1軒の製造元であるKボッコ(株)代表取締役の工藤勤さんは「全国から注文が来ています。納品は数カ月から1年待ちの状態」と話す。ボッコとは、冬に履いても日向ぼっこのように暖かいというところから来ているのではないか-と笑顔。まさに、ほのぼのとした話だなあ。

 まちおこしである博物館案内。市全体の活性化という前に、小さい通りから活性化していこう、小さいところからやろうよ-そんな考え方がベースにある。歩いて楽しいまち、また来たいまち。取り組むメンバーは20人ほどいる。レストラン「御幸(みゆき)」を経営する食関係の村上さんのほか、造園、宮大工、農家、ボッコ靴の靴店、グラフィックデザイナー、ねぷた絵師など多士済々だ。

 村上さんは「みんながいろんなアイデアを出してくれる。黒石のことが好きなんです」と話した。そうか、同じ意識、同じ方法を向いている同志のメンバーがいて、さらに市役所の人など活動を理解してくれる人たちが周りにいるので、距離感が近いんだね。「まちづくりは、人づくり。まちの一番の魅力は人。みんな誇りを持っているんです」。その通りだね。いつまでも元気いっぱい活動を。

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