今別町に太宰閉口の本覚寺あり

 今別町は津軽国定公園袰月(ほろづき)海岸がある風光明媚なまちだ。中でも高野崎は北海道、下北半島、津軽半島を見渡すことができる同町最大のビューポイント。赤い鉄製の潮騒橋と渚橋のなぞ解きをしよう。同町によると、2つの橋は1973(昭和47)年に観光用の遊歩道として設置された。費用は408万円だった。

 しかし、前段があるのだ。同年以前に地区の壮年団が木製の橋を設置したが、波に流されてしまったという。海藻採り用か観光用が考えられるが目的は判然としていない。いずれにしても、海に向かって橋を架けるとはロマンいっぱいだ。灯台とキャンプ場があり、夕日が美しい。



 町内には安東氏支配下の1560(永禄3)年創建という今別八幡宮、1658(明暦4)年創建という始覚山本覚寺(しがくさんほんがくじ)、1683(天和3)年創建の高徳山正行寺(こうとくさんしょうぎょうじ)など古い神社仏閣が多い。また、毎年夏の8月上旬には江戸時代発祥とされる、神事でもある郷土芸能「荒馬まつり」が開かれる。農民が馬と田の神に感謝する祭りという。


 本覚寺について、太宰ファンの読者なら、作品「津軽」に出てくる本覚寺?と思い出すことだろう。「貞伝和尚は、外ケ浜の誇りなんだ…みんなで一緒に見に行かうぢゃないか」と強引にN君に誘われて出掛け、本堂で延々と珍問答に付き合わされ、太宰閉口となるのだ。同町資料によると、確かに貞伝和尚こと貞伝上人は1720(享保5 )年に本堂を再建し、その後、幾度か模様替えしたという。

 貞伝上人について、もう少し付け加えよう。「いまべつ物語」(今別物語編集同好会発行)の第1巻によると、1728(享保13)年に津軽の田畑に大発生した虫害に対して、飢饉で亡くなったものの仕業か、山焼きで死んだ虫の霊の仕業であろうとし「百万遍念仏を唱えるとよい」と諭して解決したという。また、津軽のみならず道南東海岸にも漁業技術やコンブ養殖を勧め、漁業者に喜ばれたという。N君ら指摘の通り、偉いお坊さんなのである。



津軽半島から下北半島への旅いかが

 さて、津軽半島の高野崎から見える下北半島に渡るには、さすがに2つの橋では無理で(笑)、フェリーを利用する必要がある。今別町の隣にある外ケ浜町の蟹田とむつ市脇野沢との間を「むつ湾フェリー」が1日2往復、1時間で結んでいる。繁忙期の8月8日から18日までは3往復。

 また、青森市と脇野沢、同じく下北半島の佐井村の牛滝、福浦、佐井とはシィラインの高速船「ポーラスター」が結んでいる。同村には海岸線に2キロほど白い山肌が続く景勝地の仏ケ浦もあり観光船が行き来している。ディープな下北観光を楽しんではいかが。



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