「自然と共生した循環・持続型の縄文文化」/世界遺産登録を目指す道・北東北の18遺跡

 世界遺産登録を目指している北海道と北東北の18の縄文遺跡群は、ユネスコ世界遺産センターの世界遺産暫定一覧表に記載されている。津軽海峡をはさんだ広大なエリアに存在した成熟した文化であり、いずれ高い価値が認められ相応の措置がなされることだろう。

 今から1万数千年前から約1万年続いた縄文時代。縄文時代は弥生時代へと移り変わるが、縄文人は現代日本人の直接の祖先と考えられているという。すなわち縄文文化は日本の基層文化なのである。

 「縄文時代は列島各地の豊かな自然、風土の下で、私たちの祖先が一万年以上の長きにわたって積み重ねてきた固有の歴史・文化であり、日本文化の確かな基礎をつくった」と縄文研究の専門家で、国の特別史跡・三内丸山遺跡発掘調査委員長の岡村道雄さん。


 では、縄文文化は何を生み出したのだろうか。「森の豊かな実りや木材利用、それらから生まれた編組技術、木工、縄文土器作りなどを発展させ、さらに総合して生み出した世界最古の漆工芸は出色。旬の自然食材を煮たり、生で食べたりする和食文化の基礎もつくった」と指摘する。

 モノ作りや食だけではなく、暮らしのありようも高度化させたようだ。「協業や相互扶助、祭りなどにより平和で安定した定住が維持され、発達した生産・物流と社会的なネットワークも定住を支えた」「自然を畏敬し神々(八百万の神)とともに、その一員として生きる信仰、循環の哲学を発展させた」と語る。

 この上で現代社会に警鐘を鳴らす。「物質と安楽の追求に偏重しすぎた経済至上主義は、共同体を崩壊して諸問題を抱え込んだ現代社会を醸成している。平和と心の文化を大切にした、自然と共生した循環・持続型の縄文文化に学んで、豊かで平和な人類の未来を築かないといけない」と説く。


 さて、「北海道・北東北の縄文遺跡群」(縄文遺跡群世界遺産登録推進事務局=青森県教育庁)によると、縄文人は丸木船を操り遠方と交流や交易をして、ヒスイやアスファルト、黒曜石を運んだという。三内丸山遺跡からは北海道産黒曜石製石器が発掘されている。中世に日本海交易をしていたという安東氏や、近代の北前船のはるか以前に、海の道を行き来していたのである。

 同遺跡群の資料によると、縄文人の平均身長は157センチで、女性は男性より10センチほど小柄。筋肉質で顔の彫りが深く、二重まぶた、唇が厚い。虫歯や腹痛に悩まされていたようだという。こんな身近にいそうな縄文人が土器や漆器を作り、和食の基礎を生み、広く交易をし、定住して、平和で循環型の社会をつくった-。

 世界遺産登録を目指す縄文遺跡群は、北はキウス周堤墓群(北海道千歳市)、南は御所野遺跡(岩手県一戸町)、伊勢堂岱遺跡(秋田県北秋田市)まで広がる。本来の人間らしい、素晴らしい社会空間だったのではないだろうか。



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