困難乗り越えて青森リンゴ140年/輸出拡大や新品種の売り込み図る

 青森リンゴは1875年、当時の内務省勧業寮から配布を受けた西洋リンゴの苗木3本を県庁構内に植えてスタートし、数々の困難と危機を乗り越えて2015年で140年。国内生産量の半分以上の50万トン弱を誇るリンゴ王国として、輸出拡大や新品種売り込みなど国内外の市場をにらみながら次代への歩みを続けている。


 県の資料などによると、リンゴ栽培の最初の苗木配布や試植をして「青森リンゴの開祖」ともいわれる菊池楯衛、病害虫対策に多大な功績があり「リンゴの神様」といわれた外崎嘉七、リンゴの病理と病害防除体系を築いた木村甚彌、第二次世界大戦で荒廃したリンゴ園復興に尽力し「県りんご協会」を設立した澁川傳次郎、「東北7号」(現在主力品種の「ふじ」)の普及に努めた齋藤昌美らが大きな役割を果たした。

 数多くの生産者、農協、移出業者、産地市場、消費地市場、消費者の奮闘や評価により現在に至る。取り巻く環境の経緯をみると、モニリア病や腐らん病、異常落下、ひょう害、降雪、「山川市場」といわれた価格大暴落、品種更新、ニュージーランド産・米国産リンゴの輸入解禁など難題山積の中をくぐり抜けてきた。県人の粘り強い取り組みに敬服せざるを得ないのだ。


 忘れもしない大被害もあった。1991年9月28日に本県を襲った台風19号により、実りの秋を目前にしたリンゴは次々と果実がたたき落とされ、木々がなぎ倒され、壊滅的な打撃を受けた。被害総額は年間生産額に匹敵するほどで約750億円。さすがの生産者もこれまでかと落胆したが、再び立ち上がったのだ。「青森リンゴ頑張れ」。青森県民はこの際に受けた全国からの温かい励ましを決して忘れることはない。

 近年、黄色いリンゴ「王林」に注目が集まったことがある。同じ黄色の「トキ」はいま売り出し中だ。リンゴの品種は世界で約1万5千、日本では約2千。このうち、青森県りんご試験場では約300栽培され、最終的に生産者が約50のリンゴを産出している。平成に入ってからの品種登録も続々で、トキもその一つ。「星の金貨」というリンゴもある。赤いリンゴも含めて、次のニュースターもいずれ登場するかもしれない。

 一方、青森リンゴの輸出相手国は台湾が最大。直近の2014年産の国産リンゴ輸出は4月時点で過去最多の約2万9千トンを記録した。このうち9割程度が青森リンゴとみられる。県りんご輸出協会の太田一民理事長は「15年産での輸出3万トン達成に向け、台湾の輸入規制問題が今秋までに収まることを願っている」と話している。青森リンゴの輸出増大に期待がかかる。



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