青森米は特A「青天の霹靂」で逆襲

 「これは、いかん。」「だらしがねえ。」と太宰治は憤慨した。親友で精米店を営んでいたN君から、津軽の凶作の歴史を知らされたのだ。豊臣家滅亡の1615年から1940年までの約330年間に約60回凶作になったという。作品「津軽」でのことだ。

 北の青森の大地でコメはいつから栽培されたのか。実は今から2千数百年前の弥生時代にちゃんと作られていたのである。津軽平野の田舎館村の垂柳遺跡、弘前市の砂沢遺跡から水田跡や炭化米が見つかっている。しかし、太宰が怒った後も近年まで冷害・凶作や病害虫相手に奮闘してきた歴史がある。


 青森米はようやく冷害を克服し、反収日本一になって喜んだと思ったら、新潟産の特A「コシヒカリ」など、うまいコメが全盛時代に。本県より北の北海道でも近年、うまいコメができるようになり特A「ゆめぴりか」「ななつぼし」が誕生している。


 そこで、本県から待望のデビューを果たしたのが特A「青天の霹靂(へきれき)」である。いわば2千数百年の生産の歴史をかけて、最良品質のコメを繰り出す。逆襲である。今年の出来秋から県内消費分が供給され、来年は作付面積増大を目指す。「ほどよいツヤと、やわらかな白さ、粘りとキレのバランスがよく、上品な甘み」-というのが県のふれこみである。

 世界自然遺産・白神山地や八甲田の森に降り積もる大量の雪が、春に清冽な雪解け水となって青森の大地と田畑を潤す。改良され診断された土壌、限定された地域に「青天の霹靂」が育ちつつあるのだ。みなさんを驚かす日は近いのである。太宰も今度はきっとほめてくれるだろう。「なかなか、やるね」と。







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