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| 新幹線がいよいよ12月4日新青森まで開業します。全国から満を持して訪れるお客さんたちを青森県民らしくおもてなししたい−。そんな新しい出会いを大切にするためのヒントを県民の生活や仕事、活動の中から探し紹介します。 |
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■第11回 新田自治会(田子町) 岩手、秋田県境に近い田子町新田地区。静かな山里が、秋の一日、大勢の人たちでにぎわいます。新田自治会が開いている「そばまつり」。住民たちが「からうす」と呼び親しんでいる水車で作った新そばが看板です。「山里の風景を楽しみ、川のせせらぎを聞きながら味わう新そばの味は格別」と津軽、県外からも常連客が来るほど。そば打ち、接客、出店、駐車場の誘導など、36戸、約120人の住民たちが団結して、お客さんを迎えます。町村部では、地域おこしをしようにも「うちには何もないから」「田舎だから」と引っ込み思案になりがち。自治会の畠山嘉昭会長(64)は言います。
◇ 小川のせせらぎの音とともに水車が回る。「がたん、がたん」。水車が回ると、小屋の中のきねが上下に動き、自然乾燥させたそばの実をついていく。まつりの1週間ほど前から始まるそば粉作り。吉田節子さん(75)と畠山キヌさん(64)が、つき具合を見極めながら、そば粉を仕上げていく地道な作業。水車でつくと摩擦熱が少なく、そばが豊かに香る。そのそばを求めて大勢の人たちが訪れる。「昔は水車で精米もしたしアワもついた」と吉田さん。水車は地域に欠かせない生活の道具だった。 まつり当日の午前4時。会場の新田地区活性化センターに、そば打ちのお母さんたちが集まってきた。「打ちたて、ゆでたて」も新田地区のそばの売り。そば粉に水をまぜこねる、のばす、切る。8人のお母さんたちが分担してそば打ちに励む。「10年もやっているから、いくらか腕も上がりましたよ」と泉山英子さん(60)は笑う。 700食分用意するため、そば打ちは正午を過ぎても続くきつい作業だ。以前、そば打ちを終え疲れ切った表情のお母さんたちを思いやり、畠山会長が「そば打ちを前の日にもやってはどうか」と話したことがあるという。でもお母さんたちは受け入れず、打ちたてにこだわった。 「ほかの所のそばと粉も違うし、心を込めて打っています。こういう山の奥に来てくれるのはうれしい。だから一生懸命になるんです。おいしいそばを食べさせたいと思って」と泉山さん。そば打ちに追われるため、お客さんと接する機会はあまりないが、「おいしいっていう声が聞こえるとうれしいね」。お客さんの言葉がお母さんたちをまた元気にする。 泉山さんにはまつりでうれしいと思うことがもう一つある。「村が1年に1回まとまってやることだね。(こういう機会がないと)なかなか集まらない。力を合わせて頑張ることがうれしい」。住民の団結力もまつりを盛り上げている。 畠山会長は「ここだと山奥という資源を生かして地域おこしをしていかないと。街のようなまねをしてもだめ。山は山なりにということ」。新田地区の素朴な姿そのものが人々を引きつける。 以前、地区には3戸の水車小屋があった。今は1戸だけ。明治ごろに建てられたとされる歴史があるものを、こまめに補修してきた。「水車が1台残ったおかげで、新田が人を集めることができる。大切にしていかなければ」と畠山会長。今後も地区のシンボルとして受け継いでいく。 ![]() 水車で新そば、団結力がまつり支え
11年前、まつりを計画したとき、住民たちは不安だらけだった。「人は来るのか」「そばが残ったらどうするのか」。初めてのまつりで100人の来場を目標にしたが、実際は300人ほどの人出。不安は手応えに変わった。今では700食が完売する人気のイベントとして定着した。 畠山会長は「最初、家庭でどんなことがあってもお客さんに笑顔で接して−と呼び掛けていた。今では接客でも駐車場の誘導でもだいぶ慣れてきた」と話す。今年で11回目を迎え、それぞれの住民が自分たちの役割をしっかり果たしている。 まつりの仕事を手伝えないお年寄りも、歌などステージイベントに観客として顔を出し、まつりを盛り上げるなど、地区総出で支えるそばまつり。悩みは地区に若い人が少ないこと。 少ない若者の一人で、野菜などの直売を担当した畠山貴幸さん(33)は「(お客さんに)また来たいと思ってくれるように−それをモットーにしている。若い人がいなくて大変だけど、またやっていきたい」。愛着ある地元の一大イベントを続けたいと願っている。
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