結集!!青森力 大好き青森県 どんと来い新幹線 動画


 今年12月に新幹線が青森まで開通します。全国から視線が集まる青森県。これを機会に県内各地の良いところを10回のシリーズでさまざまな方からPRしてもらいました。

■第8回 三戸・五戸編 〜南部に来て見て泊まって

西山 光子さん(48歳 三戸町・川守田)

 「着地型観光」に取り組むNPO法人「おっほの会」事務局長
  家庭的で温もりある古里/体験型観光へ
  ■バックナンバー

第1回 下北編
 柳田良子さん(2009.10.25)

第2回 三沢・おいらせ編
 淨法寺朝生さん(2009.11.15)

第3回 十和田地域編
 小野雪絵さん(2009.11.29)

第4回 黒石・南津軽編
 木村藤代さん(2009.12.17)

第5回 北五編
 佐々木嘉幸さん(2009.12.27)

第6回 弘前編
 坂本 隆さん(2010.1.17)

第7回 八戸・鮫編
 野田 継子さん(2010.1.31)

第8回 三戸・五戸編
 西山 光子さん(2010.2.14)

第9回 青森港編
 細川 英邦さん(2010.2.28)

第10回 津軽半島 道の駅編
 一戸 明彦さん(2010.3.14)


 三戸をはじめ南部を訪れる都会のリピーターをもっと育てたい。ターゲットにする年代は50〜70代。都会に出た田舎の人は「古里を応援したい」と思っていてもどうしていいか分からない。親が亡くなり自分の田舎に居場所がない人が、対価を払ってでも気楽に「泊まってもいい」と言える家庭的で温もりあふれる三戸にしたい。

 ◇

写真
おっほの会がJR東日本などとともに企画した「駅からハイキング」で、三戸町中心部の熊原川沿いを散策する参加者(2009年11月)
 「よく耳にしてきたのが『何とかなるべ』という言葉。だれかが何かをしてくれるからいいやという考えの人が多いような気がする。南部藩の城下町として栄え、城が盛岡に移った後も代官所が置かれ宿場町となったため、人が(自然に)来るという意識があった」と地元住民の腰の重さには危機感を抱く。

 長男が知的障害を抱え、同じ境遇にある親たちと01年にサークル「どんぐりの家」を組織。05年にはNPO法人に衣替えし理事長に就任、障害児のデイサービス施設の運営や、廃校となった旧目時小校舎で障害者の生活訓練や生活介護を行う。

 「目時小を障害者の施設として活用すると決めた時、子どもたちに昔の体験を伝える教育旅行を、と頭に浮かんだ。そこで障害者の雇用を生みたいというビジョンも出来上がった」

 地域の意識を変え三戸を元気にするために09年9月、満を持して着地型観光に取り組む「おっほの会」を始めた。「おっほ」とは三戸町の鳥・コノハズクの地方名だ。かつておっほが元気に鳴いていた活気ある三戸を取り戻すために走り回る。

 活動第一弾として10月には東京で三戸の食材をアピールし観光客を呼び込もうという「おんでやんせさんのへへ」を企画。会場には定員いっぱいの60人が詰め掛けた。郷土料理のつつけサラダ、南部せんべいで赤飯を挟んだ「こびりこ」、地酒などが好評だった。その後もJR東日本、青い森鉄道とともに町内の史跡探訪ツアーに取り組む。

 元々は板柳町の生まれ。かつては「冬は寒く夏が暑い、程度にしか見てこなかった」という町が今や「春の桜並木、秋は鮭が遡上する熊原川が町の真ん中を流れ、中核には城山公園がある。日本一古いとされる白虎隊士の墓もあるなど歴史を積み重ねた風情ある町」に変わった。三戸への愛着は同町出身者以上だ。

 「斗南藩士としてとどまった会津人が三戸に新しい歴史をつくってきたのを学ぶにつれ、会津や盛岡とのつながりをメーンにした観光ができるのでは」と新たな可能性を模索する日々だ。

 ▽取材余話

 二児の母。夜勤専門で看護師を務める傍ら家事・介護を夫と分担しながら2つのNPO法人の活動を日中にこなす。休日は講演会の講師を務めたり、研修会にと忙しく睡眠時間は1日平均2〜3時間。だが疲れは見せない。三戸の観光への取り組みに対して「PR下手」「行動が見えてこない」と手厳しいが悲観だけではない。「津軽をはじめ他で頑張る人と手をつなぎ青森県を一つの『輪』にして『和』につなげたい」

 
顔写真 ・新鮮、味の良さが武器
田中 久子さん(62)
(南部町森越名川/チェリーセンター101人会会員)

 「南部町は昼夜で寒暖の差が大きくサクランボ、リンゴをはじめ果物全般の甘味が強い。生産者も農薬使用を控え安全・安心を心掛けている」

 センターの売り上げ目標は発足時の1991年は2千万円だったが09年の実績は2億5千万円になった。「始めた当初は何を売ればいいのか分からなかった」という。親類、知人にあげるいわゆる「すそ物」のリンゴを出した。新鮮さと味の良さが好評だった。野菜も加工品にしたら徐々に売れていった。1日に数万円を売る会員もいる。「会員の結束は抜群。お互いやるなら楽しみたい。ただ会員はライバルでもある。互いに教えたり教わったりしている」
 
顔写真 ・都会人の心満たす場に
蒔苗 政儀さん(68)
(新郷村戸来石無坂/「山あそぶ山荘」主人)

 「山好きが高じて、県職員を57歳で退職して山荘をつくった。生まれは黒石市だが「自然」を強く感じさせる新郷の戸来岳に魅せられてしまった」

 戸来岳はサワグルミ、トチ、ブナなどの太い母樹が多く、太さ日本一のダケカンバも確認された。「この山を歩くと、ある種の『怖さ』を感じ、侵してはいけない場所に入った感覚になるかもしれない。まだ原始の雰囲気が残っている」新幹線で来た観光客が、戸来岳で山菜やキノコ採りを楽しみ、キリストの墓を訪れ、野沢温泉に浸かる−そんな場面を想像する。「熟年の都会人たちがのんびりと心を満たせる場所になる」
顔写真 ・一坪オーナーで農家支援
熊谷 和尋さん(47)
(田子町田子/田子にんにく消費拡大委員会代表)

 「掘ったばかりのニンニクはみずみずしく甘味もたっぷり。ぜひ田子に足を運び土から掘ってみませんか」

 “日本一”と称するほど品質が高く知名度があっても、田子町の生産量は県内7位(2005年産)にとどまるのが気掛かりだ。農家ではないが、先人が築き上げた地元産ニンニクには誇りがある。「お手伝いして農家にはもうけてもらいたい」と一坪オーナー制度やニンニク料理のコンテストを開き全国に田子産ニンニクを発信。同時に誘客を、と意気込む。

 もちろん「ニンニクだけでなくのんびりとした人柄、豊かな自然も自慢」と話し、田子町が持つ魅力をアピールする。
 
顔写真 ・南部名物の味楽しんで
木村 晃子さん(54)
(五戸町上大町/五戸町商工会女性部長)

 「いちご煮、馬肉鍋、あずきばっと…。南部地方の名物料理は実に多い。せんべい汁、バラ焼きなどに続くB級グルメ、いやA級グルメ?になれるかも」

 新幹線新駅開業を前に南部地方の「食」の魅力を再確認しようと昨年10月、三八地区商工会女性部員が集まり、地域ごとの料理を作って食べ比べた。代表的な一品を絞り込めないほど、どれもこれもおいしかった。

「新幹線で本県に来る人に、南部地方ならではの味覚をぜひ楽しんでほしい。そのためには、地元の『食』を守ろうという意識と取り組みが大切。私自身も15年前に考案した馬肉たっぷりの『けとばし丼』を通して、地域活性化に貢献したい」

次回は2月28日です

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