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| 今年12月に新幹線が青森まで開通します。全国から視線が集まる青森県。これを機会に県内各地の良いところを10回のシリーズでさまざまな方からPRしてもらいました。 |
■第8回 三戸・五戸編 〜南部に来て見て泊まって
三戸をはじめ南部を訪れる都会のリピーターをもっと育てたい。ターゲットにする年代は50〜70代。都会に出た田舎の人は「古里を応援したい」と思っていてもどうしていいか分からない。親が亡くなり自分の田舎に居場所がない人が、対価を払ってでも気楽に「泊まってもいい」と言える家庭的で温もりあふれる三戸にしたい。 ◇
長男が知的障害を抱え、同じ境遇にある親たちと01年にサークル「どんぐりの家」を組織。05年にはNPO法人に衣替えし理事長に就任、障害児のデイサービス施設の運営や、廃校となった旧目時小校舎で障害者の生活訓練や生活介護を行う。 「目時小を障害者の施設として活用すると決めた時、子どもたちに昔の体験を伝える教育旅行を、と頭に浮かんだ。そこで障害者の雇用を生みたいというビジョンも出来上がった」 地域の意識を変え三戸を元気にするために09年9月、満を持して着地型観光に取り組む「おっほの会」を始めた。「おっほ」とは三戸町の鳥・コノハズクの地方名だ。かつておっほが元気に鳴いていた活気ある三戸を取り戻すために走り回る。 活動第一弾として10月には東京で三戸の食材をアピールし観光客を呼び込もうという「おんでやんせさんのへへ」を企画。会場には定員いっぱいの60人が詰め掛けた。郷土料理のつつけサラダ、南部せんべいで赤飯を挟んだ「こびりこ」、地酒などが好評だった。その後もJR東日本、青い森鉄道とともに町内の史跡探訪ツアーに取り組む。 元々は板柳町の生まれ。かつては「冬は寒く夏が暑い、程度にしか見てこなかった」という町が今や「春の桜並木、秋は鮭が遡上する熊原川が町の真ん中を流れ、中核には城山公園がある。日本一古いとされる白虎隊士の墓もあるなど歴史を積み重ねた風情ある町」に変わった。三戸への愛着は同町出身者以上だ。 「斗南藩士としてとどまった会津人が三戸に新しい歴史をつくってきたのを学ぶにつれ、会津や盛岡とのつながりをメーンにした観光ができるのでは」と新たな可能性を模索する日々だ。 ▽取材余話 二児の母。夜勤専門で看護師を務める傍ら家事・介護を夫と分担しながら2つのNPO法人の活動を日中にこなす。休日は講演会の講師を務めたり、研修会にと忙しく睡眠時間は1日平均2〜3時間。だが疲れは見せない。三戸の観光への取り組みに対して「PR下手」「行動が見えてこない」と手厳しいが悲観だけではない。「津軽をはじめ他で頑張る人と手をつなぎ青森県を一つの『輪』にして『和』につなげたい」
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