とうおう旅くらぶ
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2012年2月アーカイブ

皆様 こんにちは


長崎の旅、最終章はオランダの町並みを再現したテーマパーク・ハウステンボスをご紹介しましょう。
ハウステンボス(Huis Ten Bosch)とはオランダ語で「森の家」という意味で、レンガや石畳の一つ一つにまでこだわって古き良きヨーロッパの町並みを再現した日本の中の外国です。
もちろん電柱もありません。

日本にいながらにして、外国旅行を体験できるハウステンボス、私たちが訪れた日は青森に大寒波がきて、とてもとても寒い日だったのですが、長崎にもなんと雪が降りましたよ。

この日の宿泊はホテル・アムステルダム。
ハウステンボスの敷地内にあるホテルです。

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ホテルの雰囲気もヨーロッパのホテルのようで、優雅な空気が流れております。

冬のハウステンボスは、夜が素敵。

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820万球のイルミネーションが、ハウステンボスの闇を照らします。

春になるとたくさんの花々が咲き乱れるアートガーデン、冬の間は光の花を咲かせます。
幻想的なイルミネーションがどこまでも続きます。


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運河に架かる眼鏡橋だって、ほら。


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メリーゴーランドも暖かな光を放っています。


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寒い夜なのに、暖かな光に魅せられて、どんどん足が前へ進みます。

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さて、一夜明けたハウステンボスの朝。
外は雪がちらついていました。

カメラのファインダーから覗く町並みは、ヨーロッパの町、そのもの。

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足元の石畳も、こんな風に。


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フランスやイタリアで歩いている石畳と同じです。
この敷石をピンコロと言うそうです。


運河にはクルーズを楽しむ人の姿もありました。


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景観を壊さないようにとの配慮がうかがえるゴミ箱たち。


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昨夜は色鮮やかにライトアップされていたドムトールンの塔です。


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オランダで最も高い教会の鐘楼を再現しているそうです。

オランダ・ゴーダ市にある市庁舎を再現したスタッドハウスも今日はちょっと寒そうです。


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時折、雪がやみのぞく青空は、冬のハウステンボスならではの落ち着いた町並みを一層引き立たせます。

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こちらは海からみた、ハウステンボスの町。

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今日はハウステンボスから海路で長崎空港へ向かいます。


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さて、5回シリーズでお伝えいたしました長崎の旅もそろそろ終わります。
戻る先は、豪雪の青森。まだまだ、春は遠く、あたり一面が白で覆われているのが日常です。
こんな青森だからこそ、春の喜びはきっと長崎の方よりも大きいのではないでしょうか。
世の中に「ゼッタイ」というのはないんだよ、とはよく聞く言葉ですが、青森には一つの「絶対」があります。
それは春になると、雪が解けるということ。
当たり前のことですが、今日の雪かきをがんばる糧となります。春が待ち遠しい毎日が続きますが、このブログを読んでくださっている皆様、くれぐれもご自愛くださいますようお祈り申し上げます。



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皆様 こんにちは


今日はバレンタイン・デー。

私が高校2年の時、好きな男の子のために手作りチョコレートを贈るのがクラスで流行りました。
最近の言葉では「女子力」と言うのだそうですが、「女性らしさの度合い」が私は低かったようで、チョコレートは友達が作った失敗作を味見する役でした。
一番きれいに見えるのは、意中の彼に渡し、あまり見た目がよろしくない、いわゆる失敗作を「目をつむって食べたら一緒」なんて言いながら、美味しく頂戴していました。
毎年、バレンタイン・デーになると、さまざまな思い出が頭をよぎります。

大人になった今は、義理チョコ、友チョコ、感謝チョコと周りの方々に贈る機会が増えました。
普段はなかなか言えない「ありがとう」の言葉を、チョコレートに託すのも素敵なことですよね。


さて、今日、皆様方にご紹介しますのは平戸という島です。
大航海時代、平戸は西洋の地図にFIRANDOと記載され、船乗りたちが目指した島。
町のいたるところに当時の面影が残っている南北45キロの島。

昭和52年に開通した長さ665メートルの平戸大橋を渡りますと、歴史と浪漫の島、平戸に到着です。


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1609年7月、2隻のオランダ商船が平戸港に到着しました。オランダ商館を建てることを許され、ここは長崎出島に貿易拠点が移されるまでの33年間、日蘭貿易の核でありました。

では平戸を散策しましょう。

2月に入ったばかりなのに、もうすでにプランターの花々が咲いています。


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昔ながらの、魚屋さんが今も営業しています。

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リヤカーでの行商もまだまだ健在。

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スルメも干されています。


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ちょっと見づらいのですが、平戸はアゴ(トビウオ)の漁獲高日本一だそうで、市内ではアゴだしパックや、アゴふりかけや焼きアゴなどアゴを使った加工品がたくさん売られています。

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この道の先に見えるのは光明寺という寺院で、その奥に見えますのがザビエル記念聖堂の塔です。

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東洋と西洋の文化が混在している象徴のような道です。

長崎では墓石の文字が金色です。


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仏教だけではなく、キリスト教のお墓でも金色だそうです。
お寺や教会の名前も金色で書かれています。

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こちらはキリスト教を日本に伝えたフランシスコ・ザビエルの来島を記念して昭和6年に作られたザビエル記念聖堂です。


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内部はすっきりとしていますが、白亜の壁にクリーム色の柱がここを訪れる人々を温かい気持ちにしてくれます。


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ザビエルの像も昭和46年に建てられました。

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教会の前には売店があるのですが、ここで1個100円~200円で販売されているものに目が釘付け。


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ペットボトルで作ったプランターやメダカ用の水槽。
外側には十字架などをペイントしています。


教会を出て、しばらく歩いていきますと、どこがスタートで、どこが終わりか、よくわからないソテツが道端に植えられています。

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樹齢およそ350年とも400年ともいわれるソテツは江戸時代の始めに貿易商の川崎屋が植えたと言われています。


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大きいですね。


こちらはオランダ井戸。


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オランダ商館の生活用水を担っていたそうです。

オランダ商館を外から覗かれないように、また延焼などを防ぐようにオランダ塀が作られました。


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そして、こちらが2011年秋、復元された「平戸オランダ商館」です。

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壁石2万個を積み上げ、しっくいを塗った高さ13メートル、幅46メートルの石造の倉庫部分が復元されました。市が発掘調査を始めて24年、20億円超の費用を投じて完成させたそうです。

オランダ商館からは平戸港をはさんだ高台にある平戸城が見えています。

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次回は、ハウステンボスをご紹介しましょう。


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皆様 こんにちは

今日、皆様方にご紹介するランタンフェスティバルは中国の旧正月を祝う行事「春節祭」の一環として長崎に住む華僑の方々が催したイベントが1994年ころから拡大したお祭りです。

ランタンとは中国提灯を指すのですが、このランタンが巨大なオブジェとともに市内中心部に約15,000個飾られます。
また、このランタンフェスティバル開催中は、市内7つの会場で中国獅子舞、龍踊り(ジャオドリ)、中国雑技などの芸能が披露されます。
極彩色のランタンに照らされたリトルチャイナ長崎ならではお祭りに、さっそく出かけてみましょう。

中華街を通り、メイン会場となる湊公園へ向かいます。

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大勢の観光客が通りを埋め尽くします。
頭上のランタンが眩しく、両側の中華料理店も大繁盛です。

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屋台では揚げ物を販売しています。
ちぎり天、磯辺揚げなどが店頭に並んでいます。

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ハトシ?
長崎伝承、ハトシ?


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見づらいのですが、上の揚げ物がならんでいる写真の一番右側にあるのがハトシなのですが、これは耳をおとした食パンと食パンの間にエビのすり身を挟み、油で揚げた軽食の1つです。
ハトシのハーは広東語でエビを意味し、トーシーは英語のトーストからきているそうです。


湊公園会場は人・人・人。

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昼間通った時の雰囲気とは全く違い、本当に艶やかな一帯に変身しました。


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頭上のランタンに加え、色鮮やかな巨大オブジェも芸術性が高く、素晴らしいです。
春節、つまりお正月の祝い方もずいぶん違いますね。

中国式のお線香をあげる方々で行列ができました。

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お線香は菜箸のように長く太く、お供えも中国式ですから、面白いですね。


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よくよく眼をこらしてみましたら、な、な、なんと、中央に供えられているのは、子豚じゃないですか!

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実は写真には写っていないのですが、この祭壇の横には無数の豚の生首が供えられていました。
豚は富の象徴だそうですが、青森県民の私は「う~む」と首をかしげてしまう、不思議な光景でした。


ランタンは真っ赤なランタンがほとんどなのですが、 今年の目玉の一つであるピンクのランタンが銅座川沿いに飾られています。

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可愛らしい雰囲気が漂いますね。

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中央公園会場にも足をのばしました。


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この日、中央公園では龍踊りを観ることができました。

龍踊りはもともと中国で五穀豊穣を祈る雨乞いの神事に始まったそうです。
唐人服をまとった龍衆が約20メートルの龍を操り、雲を呼び、雨を降らせて、月を模した丸い玉を追いかけ飲み込もうとする様子を表現します。

龍と書いて、ジャと読むのですが、これは昭和39年の無形文化財指定の際に漢字は『龍』を用いて、ふりがな『じゃ』を付けることになったからだそうです。


「もってこーい、もってこい」と呼びかけると、龍が来てくれて、演技をしてくれます。
玉を追いかけたり、玉を探したり、尻尾を微妙に動かしたりと、龍を担ぐ龍聚10人の息がぴったり合っています。


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雪がちらつく長崎の町でしたが、会場は熱気に包まれていましたよ。

次回は異国文化が溶け合う島、平戸をご紹介しましょう。


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皆様 こんにちは


もう少しで、バレンタインデー。
百貨店の特設コーナーは、チョコレートを買い求める方で賑っているようです。
青森ではなかなか手に入らないような外国の有名メーカーのチョコレートも店頭に並びますから、男性に贈るためではなく、自分で楽しむためにチョコレートを購入する女性も多いと聞きました。
見ているだけで涎がでてきそうなチョコレート売り場、そぞろ歩くだけでも楽しいですね。

さて、今日は日本最古の教会堂の大浦天主堂をご紹介しましょう。
この教会は昭和8年に国宝となるのですが原爆で被害を受け、昭和28年、日本最古の教会堂として国宝に再度指定されました。
幕末の開国の頃、長崎に住む外国人のために建設された、中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の素敵な教会です。


教会の入り口にはこの地を訪れる人々を見守るように、前ローマ法王・ヨハネ・パウロ2世の像が置かれています。右側の白っぽい像はこの教会ができた時、司祭であったプチジャン神父だそうです。

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教会へ続く階段の手すりも十字架の飾りが施されています。


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白いゴシック調の教会が見えてきました。

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原爆投下により、屋根、正面大門扉、ステンドグラスなどに大きな被害を受けましたが、5年の歳月をかけ、現在のように修復いたしました。
内部の写真撮影はできませんので、外観だけご紹介しました。


次に訪れましたのはグラバー園。

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開国後、横浜、函館とともに開港した長崎には、南山手、東山手を中心にたくさんの洋館が建ち並んでいました。
このグラバー園の敷地にはトーマス・ブレーク・グラバーを始めとする外国商人たちの旧邸があったそうです。

グラバーは来日後、グラバー商会を設立、幕末の激動の中で揺れ動く日本の近代化に大きな役割を果たしました。

では早速、園内へ。


旧邸のあるところまで、動く歩道で上っていきますと、山海に囲まれた長崎の町が一望できます。


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さすが、九州、花も咲いています。 雪降る故郷が懐かしくなります。


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グラバー邸を始めとする旧邸を覗いてみましょう。


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かつての食卓の風景も再現されています。


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もちろん、当時のメニューも展示されていましたよ。


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ちょっと見づらいのですが、①鴨の丸煮、②鹿の股の丸焼き、からし酢かけ、③猪(ブタ)の塩胡椒摺込み焼きと続いています。
見ているだけで、「ご馳走様でした」と言いたくなるメニューでした。
やっぱり和食がいいなぁ


家の中も天井が高くて家具や調度品も西欧のものが置かれています。
この邸宅ができたころ、日本人は一般的に着物を着ていたことなどを考えますと、異なる生活様式の中で外国人が日本に馴染むのは大変だっただろうと想像できますね。

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次回は、中国色豊かな灯りの祭典「長崎ランタンフェスティバル」をご紹介しましょう。



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皆様 こんにちは

寒い毎日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?

降り続く雪の合間に、ちょっぴり見える青空に安堵を感じ、あと1ヶ月の辛抱辛抱と自分に言い聞かせながら、今年最初の国内旅行「異国の薫りと大自然のパノラマ 長崎・平戸・ハウステンボス」に添乗してまいりました。

今回のお楽しみは何と言っても、長崎ランタンフェスティバル!


中国の旧正月を祝う行事「春節祭」を起源とする、長崎の冬の一大風物詩であるランタンフェスティバルは約15,000個にも及ぶランタン(中国提灯)や、大型オブジェが街中に飾られ、7つのイベント会場では、龍踊り、中国雑技、中国獅子舞など中国色豊かな伝統芸能を観ることができます。

豪雪の青森を少し脱出して、九州までお出かけです。
青森から長崎まで直行便は飛んでいませんので、私たちは羽田空港で乗り換えをいたします。
丁度お昼の時間でしたから、駅弁ならぬ空弁を頂戴しました。


今日のお弁当は人気NO.1のお弁当「六郷の渡し」です。

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緑茶稲荷、赤飯、小さなおむすびにこだわりのおかずが入ったお弁当を機内でいただくのも乙なものです。


と、その時、眼下に富士山が見えました。


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富士山のお釜がはっきり見えるほど近くを飛行していたので、私はお客様~、富士山の上を飛んでますよ!とちょっと興奮しながら、お客様の座席に伺いましたので、直下に見えた時の写真はありません、スミマセン。


そして、やっと着きました、長崎空港。


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雪がない...
日本で本当に細長い国なんだなぁと実感します。

市内へ向かう高速道路にも雪はない...

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最初に訪れましたのは、長崎平和公園です。
郷土出身の彫刻家・北村西望氏の作で、昭和30年(1955年)に完成した平和記念像。


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像の高さは約9.7m、重さは約30トンの青銅製で、「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と作者の言葉が台座の裏に刻まれています。ちょっと逆光で見えませんが。

こちらは「平和の泉」。


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水を求めながら亡くなった原爆犠牲者の冥福を祈り、昭和44年(1969年)につくられたものです。

こちらは歌でも有名な「長崎の鐘」です。


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当時、被爆地には魚雷や戦車などを生産する多くの軍需工場があり、動員学徒、女性挺身隊と呼ばれた中学生や女学生をはじめ、多くの人々が働いていたそうです。この鐘は、33回忌にあたる1977年にここで亡くなった方々の冥福を祈るためにつくられたものです。

園内には長崎刑務所浦上刑務支所の基礎部分が残されています。


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浦上刑務支所は爆心地より北へ最短約100m、最長約350mの地点(岡町)にあり、爆心地にもっとも近い公共の建物でした。

昭和20年8月9日 午前11時2分、一発の原子爆弾のさく裂によって刑務所内にいた職員18名、官舎住居者35名、受刑者及び刑事被告人81名(うち中国人32名、朝鮮人13名)計134名全員が即死しました。鉄骨の跡も生々しく残っています。


この奥に見えるのが爆心地。

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この上空約500メートルで爆弾が炸裂しました。
原爆の爆風により、爆心地周辺のほとんどの樹木は倒れ焼き尽されたことから70年は草木も生えないだろうといわれましたが、1ヶ月後には約30種類の植物が芽吹いたそうです。


あれから、67年。
私のように、戦後に生まれた者には原爆も戦争も教科書で習った遠い過去の物語。
明日も今日と同じような日が来ると信じて疑わない自分を戒め、 平和な一日を過ごせることに感謝し、先人の苦労からいただいた幸せをかみしめ、毎日を過ごしていかなければならないと感じました。


次回はもう少し、長崎の市内をご紹介しましょう。


                                                    



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