とうおう旅くらぶ
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2012年4月

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2011年9月アーカイブ

皆様こんにちは

イカとマグロと太宰治の小泊漁港を後にして、バスは津軽半島の日本海側、龍飛岬を目指します。

青い海原には大きなコンテナ船、客船、小型漁船(マグロ一本釣りかな?)が浮かんでおります。
小泊から龍飛へは、龍泊(たつどまり)ラインの海岸美を見ながら北上します。

途中、眺瞰台展望に立ち寄りました。

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展望台からは小泊半島、

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龍飛岬、目前に広がる津軽海峡と対岸の松前半島(北海道)がくっきり、遠くに函館山もかすかに見えております。

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太宰治が小説「津軽」で『ここは、本州の極地である (中略) ここは、本州の袋小路だ』と書いた龍飛岬に到着です。

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ここに来ると自然に ジャジャジャジャーン♪♪ のメロディが聞こえてきそうです。
なんて思っていたら、本当に聞こえて来ました。

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ここに石川さゆりのヒット曲で知られる「津軽海峡冬景色の歌謡碑」があり、あの名曲の2番が聴けます。


「ごらんあれが龍飛岬 北のはずれと~」と思わず口ずさみます。


さて、この地域再発見ツアー見どころは、ここ!!   

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どこにでもある階段ですが、

実は自動車は通れないのにもかかわらず、国道339号に指定されている通称、階段国道です。日本唯一の歩行者専用の国道です。

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今回はこの階段を下ります。段差は362段です。

なぜ国道なのか? 一説では「東京にいる国のお役人が、地図だけ見てルートを決めた・・・・・」からだそうです。

階段国道を下りた所が龍飛漁港です。

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龍飛漁港で揚がるマグロも地元では有名ですが、同じマグロが下北半島の大間漁港で採れるとブランドの本マグロに変身です。

龍飛漁港の近くに
太宰が小説「津軽」執筆の折、宿泊した「奥谷旅館」(現在は龍飛岬観光案内所)があります。

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奥谷旅館は、明治35年から平成11年に歴史を閉じるまで、観光客はもとより、数多くの作家や画家が逗留した津軽半島最北端の旅館として知られておりました。

青森市への帰り道、外ヶ浜町の道の駅アスクルでトイレ休憩です。ここに同じ地点に異なる二つの駅があります。

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一つは津軽線「津軽二股駅」、そこから約20m離れた所に津軽海峡線「津軽今別駅」です。
現在2つの駅が並ぶこの地に、4年後、さらに「奥津軽駅」(仮称)が誕生します。

昨年12月青森まで開業した東北新幹線が、2015年の北海道新幹線・新函館開業を目指し、着々と工事を進めております。


同一地点に異なる名を持つ駅が3つ並ぶなんて全国的に珍しい景色になりそうですね。

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知ってるつもりの郷土青森県ですが、いまだに見ていない祭りや観光地が沢山あり、食べていない美味しい食材もあります。

"灯台元暗し"これからも未知なる青森県を探求する企画をしてまいりますのでご声援下さい。



お問い合わせ先:kankoblog120@toonippo.co.jp
※@を半角に直してお送りください

さて今回のツアーの目玉、イカ塩辛づくり体験です。

小泊漁協婦人部の皆さんが材料などを用意してくれました。


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材料は一夜干しのイカ(今回はスルメイカ)と塩漬けして1週間冷蔵庫で寝かせたごろ(肝、わた、ふ)です。

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最初にイカの皮を表にして切ります。

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次にごろを割いて脂を出します。

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それを混ぜるだけ、お好みで唐辛子、生姜を入れてマイ塩辛の出来上がりです。

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もう食べられますが一晩、冷蔵庫で寝かせるとより味がなじんできます。なお塩だけで添加物は一切入っていなのでお早めにお召し上がり下さい。

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塩辛作りでお腹も空いてきました。昼食が楽しみです。

漁師を支える奥様たち(小泊漁協婦人部)が腕を振るった料理が並んでいます。

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刺身はサザエ、イカ、マグロ、メバル

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ふきの油炒め、,,メバルのあら汁


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干したホッケの昆布巻き、イカの漬物、天ぷらはメバル、ガヤ、野菜


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なかでも珍しいのがこの一品、エゴ天です。

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これはエゴと呼ばれる海草を煮詰めて羊かん状に固め、酢醤油か酸味噌で刺身のように食べます。さっぱりして夏バテ気味の食事にはお薦めです。特に美容にはいいでしょうね。


新鮮な魚と手作り料理でお腹は一杯です。
小泊漁港婦人部の皆さん、心づくしのお料理、美味しかったですよ~。


ところで、小泊は太宰治の小説「津軽」のラスト、クライマックスの舞台です。

「津軽」は太宰治の紀行文的な小説で「私(本名 津島修治)」が生まれ故郷津軽の風土記をまとめようと意図した作品です。


その小説の最後に、太宰は津軽探訪の最大の目的だった、心の母ともいうべき幼年時代の子守り「越野タケ」と国民小学校の運動会で30年ぶりにようやく再会を果たすというシーンがあります。

その舞台となった小泊小学校のグランドが見下ろせる場所に、「小説『津軽』の像記念館」があり、太宰とタケさんの二人並んだ銅像があります。

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銅像の隣には太宰治文学碑があります。碑文の文章は次のとおりです。


 『たけはそれきり何も言はず、きちんと正座してそのモンペの丸い膝にちゃんと両手を置き、子供たちの走るのを熱心に見てゐる。けれども、私には何の不満もない。まるで、もう、安心してしまってゐる。足を投げ出して、ぼんやり運動會を見て、胸中に一つも思ふ事が無かった。もう、何がどうなってもいいんだ、といふような全く無憂無風の状態である。平和とは、こんな氣持の事を言ふのであらうか。
・・・しばらく経ってたけは、まっすぐ運動會を見ながら肩に波を打たせて深い長い溜息をもらした。たけも平気ではないのだな、と私にはその時はじめてわかった。でも、やっぱり黙ってゐた。』


記念館には生前のタケが太宰の思い出を語るビデオや、太宰の長女・津島園子さんの映像や音声など貴重な資料や映像を展示してあります。

今回は特別に、小泊在住で演劇「津軽」に子守のタケ役で出演した、対馬てみさんが小説「津軽」を朗読してくれました。

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タケさんとよく似た、てみさんの朗読にうっとり太宰とタケの再会の情景が目に浮かんでくるようです。

バスは小泊から本州のてっぺん、津軽半島最北端の龍飛岬へ向かいます。次回は「津軽海峡 冬景色」を報告します。


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皆様こんにちは。

小欄をご覧いただき誠に有難うございます。小欄は海外添乗記を主に綴っておりますが、今回は郷土、青森県の日帰り旅行記です。

今回は地域の魅力発見ツアーとして、切り口を青森県出身の太宰治の小説「津軽」のクライマックスの舞台、旧小泊村を絡めて津軽半島の奥深さ再発見ツアーです。

バスの車内ガイドは中泊町の小泊保育所所長、對馬さんに終日、マイクを握っていただきました。


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同町の綾小路きみまろと言われるだけに車内は終日爆笑です。

青森駅を出発して1時間半、最初の休憩地は、道の駅十三湖高原。
ここの展望台からシジミ貝で有名な十三湖が見えます。

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太宰治は小説「津軽」で『浅い真珠貝に水を盛ったような、はかない感じの湖である。(中略)人に捨てられた孤独の水たまりである』と、十三湖を著しました。

道の駅は可愛らしい牛型の建物です。


一行を牛が群れをなしてお出迎えです。


ここの名物は濃厚なソフトクリームとやはり採れたてのシジミ貝です。

バスは日本海に掛かるライオン海道を通過。

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<中泊町提供>

この橋は6年前に開通しました。中央の大きな岩礁はライオン岩です。ライオンが海に向かって伏せている図です。なるほど。

さて目的地の小泊漁港に到着です。
三方を海に囲まれた漁業県青森、なかでも八戸、風間浦、小泊はイガ(イカがなまって)が美味しい漁港です。

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今日はナント!本マグロが揚がってました。
丁度、一本釣りされたマグロを裁き、内臓を取り出す作業中です。

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これが心臓です。

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この方が一本釣りしました。

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内臓を取り出して重量計算、42キロです。

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重さを確認して、満足気に帰る漁師さん。

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この日の昼までに40本のマグロが揚げられ、冷凍庫に収容されておりました。

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すごいな!この本マグロが大間で揚がれば有名な「大間のマグロ」に変身です。
煮ても焼いても刺身も美味しいメバルも水揚げです。

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イカの加工品「のしイカ」加工の見学です。

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スルメを軽く焙って、

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プレス機に掛けると出てきました。

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1枚のスルメが約1mののしイカになりました。

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出来たては、ほんのり暖かくで香ばしく噛むほどに美味しい。

さて次回は、お客様が一番楽しみにしているイカ塩辛づくり体験です。
ほっか、ほっかのご飯にイカの塩辛、それも自分で作った塩辛ですから美味しそう!


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皆様 こんにちは

観光部では先日、「とうおう旅の友」秋版を発行いたしました。
もうすでにご覧になられた方も多いかと存じますが、この秋の旅行が満載のパンフレットです。

ぜひ、ご覧になりたい!!と思われる方は、観光部へご一報ください。


さて、今日は絢爛豪華という形容詞がぴったりなエカテリーナ宮殿をご紹介しましょう。
宮殿の名となっているエカテリーナ2世は18世紀のロシアの女帝でした。
彼女はドイツ人として生まれ、後にロシア皇帝となるピョートルと結婚します。しかし、ピョートルの思想・行動に反旗を翻し、自ら先頭にたって革命を起こし、ピョートルを退位させ、女帝の地位についてしまうのです。
啓蒙思想に親しみ、教育を重視し、天然痘予防の種痘を誰よりも先に受けるなど、専制君主として高い能力を発揮します。美術品の収集に莫大な資金を投じる一方で、外征で領土を広げました。非常に先進的な思想の持ち主だったそうですが、農奴制の拡大をもたらすなどと、マイナス面もありました。
また、彼女の結婚生活は新婚当初からうまくいかず、エカテリーナは生涯に渡り、愛人たちに囲まれていました。中には政治・軍事のパートナーと称される方もいたそうですが、何十人とも何百人ともいわれる愛人に囲まれる生活など、想像もできないですよね。

エカテリーナ宮殿の外壁の長さは約300メートル。
青い塗装が涼しげなロシア・バロック式の建築です。


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外側も素晴らしいのですが、中も豪華。

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大広間の金色の彫刻、圧倒されそうな重厚感に包まれます。

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オランダで造られたデルフト焼きの暖炉です。高さが4m、幅が1mほどもある巨大なものです。緻密な細工にデルフト・ブルーが美しい名品です。

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エカテリーナ2世のドレスが飾られています。


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この先は有名な「琥珀の間」
壁一面が琥珀のパネルに覆われた部屋です。


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ロマノフ王朝の栄華が反映されていますが、残念ながら、この部屋だけ写真撮影が禁止です。第二次世界大戦にてドイツ軍によって破壊されたのですが、2003年に修復が終わり、現在に至っております。

部屋の内部だけちょっとズームしてみますね。


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飴色に輝く植物の樹脂の化石。
5000万年の気の遠くなるほどの歳月がもたらす、偉大な美術品です。


こちらは壁一面が肖像画で覆われた絵画の間です。

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古代ローマ風の浮き彫りと壁画がとても美しい緑の食堂の間。


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庭園も見事に調和がとれていて、こういう晴れた日には、一日中、散歩したくなります。
エカテリーナ女帝も愛人たちと、このロマンティックな庭園を散策したのでしょうか。

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さて、エカテリーナ宮殿から1時間ほどのところに、噴水で有名な世界遺産ペテルゴーフがあります。

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1714年、すり鉢状に海のほうから段々とテラス状に高くなる地形に注目した大帝は、この地に水を生かした宮殿を構想し、世界中から建築家や技術師を集め、9年ほどかけて、夏の離宮を建設します。

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ペテルゴーフには「上の公園」と「下の公園」があり、その敷地面積は1000ヘクタールという広大なものです。第二次世界大戦以前は800にも及ぶ噴水があったといいますが、ドイツ軍によって破壊され、現在は約150に減っているといいます。
中には仕掛けのある噴水もあり、遊び心たっぷりです。


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こちらはペテルゴーフが面するバルト海の最奥の部分、フィンランド湾。

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ここから出港すると、フィンランドまで行けるんです。サンクトペテルブルグがモスクワなど他の都市より、ずっとヨーロッパ的なのはこの地理的要因のせいなのですね。


さて、皆様にご覧いただきました、近くて遠い国ロシア、いかがでしたでしょうか?
今回、「百聞は一見にしかずかな?」というタイトルにいたしましたのは、日本人の奥様を持つ、生粋のロシア人に言われたことがきっかけです。

「ロシアで日本人が好きですか?日本に興味がありますか?という質問をすると、8割以上のロシア人は日本人が好きで日本に興味がありますと答えます。
日本で、同じようにロシアに興味がありますか、ロシア人が好きですかという質問をすると、どんな結果になるでしょうか。」

私が初めてロシアを訪れたのは今から20年近く前のことです。
当時、バスはぼろぼろで、シフト部分から発火したこともありました。
スーパーで売っているものも旧ソ連でとれるものばかりでしたし、その品ぞろえや量が十分でない町もありました。

しかし、今はどうでしょう!
町には車があふれ、ひどい渋滞を引き起こし、24時間のスーパーマーケットもあり、スターバックスコーヒーもあります。

露出度の高い服を身に付けた若い女性が町を闊歩しマクドナルドのハンバーガー頬張っているのを見ると、時間が流れ、時代が変わったのだということを肌で感じます。

もっともっとロシアが身近に感じられる日が来ることを願い、「百聞は一見にしかず」なロシアの旅もそろそろ終わらせていただきましょう。

次回は部長の工藤が地元青森をご紹介させていただきます。どうぞお楽しみに!!

До свидания(ダ スヴィダーニァ、さようなら)
                                                   小豆畑 理恵


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皆様こんにちは

今日は十五夜。
でも、あいにく朝から雨です。

旧暦の8月15日である十五夜が6年ぶりに満月と重なるそうです。
ススキをちょっと刈ってきて、お団子や種なしブドウなんかをお供えして、雨がやんだらのんびり空を眺めようかしら。

さて、先日、世界三大美術館の1つと言われるエルミタージュ美術館をご紹介いたしましたが、いかがでございましたでしょうか?


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美術館そのものも歴代皇帝のお住まいでしたから、絢爛豪華でため息が出るような素晴らしい建物です。1050の部屋を持ち、窓の数は2000、120の階段がある総面積4万6000平方メートルの巨大な美術館、機会があれば是非足を運んでいただきたいと思います。

さて、今日は、サンクトペテルブルグ市内をご紹介しましょう。
町のシンボルともいえるのが、こちら、聖イサク聖堂です。


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高さ101.5m、左右の幅97.6m、奥行き111.3m、収容人員は1万4000人という帝政ロシアのシンボルとも言えるこの聖堂は、1858年に建設されました。

ロシア正教では毎日が聖人のどなたかの日となっているのですが、この聖堂の建築を始めたピョートル大帝の誕生日5月30日が聖イサクの日となっていたため、聖イサク聖堂と呼ばれるようになったそうです。

何度か建て替えが行われたのですが、現在の聖堂の建設は1819年に始まり、実に40年もの歳月を費やして出来上がったそうです。

もともと沼や湿地の多い場所に、巨大な建築物を建てるのは至難の業で、23000本以上の杭の上に、花崗岩や石灰岩を敷き詰め、土台づくりだけで5年の歳月が費やされたそうです。

では重厚な扉は開けずに、横っちょから中に入ってみましょう。

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内部装飾も素晴らしく、モザイクによって壁画が描かれ、大理石やクジャク石がふんだんに使われています。

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個人的には、通常、正教会の聖堂ではイコンと呼ばれる神や天使や聖人を描いた絵が一面に飾られているのが一般的ななか、このイサク聖堂では顔の部分は絵であっても、胴体の部分が立体的であるのが印象的でした。

左が一般的なイコン、右が立体的なイコンです。


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ちょっとアップにしてみましょうか。

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どうです?  お顔以外は立体的でしょう?

正教会は偶像崇拝をいたしませんから、立像が用いられるのは極めて稀。
ガイドにその理由を伺ったところ、「当時の皇帝はヨーロッパ諸国に御忍びで出かけ、さまざまな仕事を体験したり、勉強をしたんです。だから、西側の、つまりカトリックの影響をうけているのかもしれませんね」と教えてくれました。

イサク聖堂前のイサク広場。
ニコライ1世の騎馬像が建っています。

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こちらはヴァシリエフスキー島の岬、ストリェールカのロストラの燈台柱です。


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「ロストラ」とは船首の部分を意味します。的分の船首を切り取り、柱の飾りとし、勝利を記念した古代ローマの習慣に由来し、1810年、高さ32mで作られました。

18~19世紀に活躍したロシアの詩人プーシキンが芸術広場に立っています。


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こちらは「血の上の救世主教会」です。


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「血の上」と呼ばれているのは、この地で1881年3月当時の皇帝アレクサンドル2世が暗殺され、その上に息子のアレクサンドル3世が父の死を悼み、教会を建てさせたからです。
多くの有名画家が製作に携わった内装のモザイクが素晴らしく、内部の美しさは世界一だと言われています。


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次回はエカテリーナ宮殿をご紹介しましょう。


                                                 小豆畑 理恵


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皆様 こんにちは


先日の台風はひどかったですね。
青森県の被害はほとんどなかったのですが、紀伊半島の映像をテレビで見ていると、胸が詰まります。命を落とされた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地の一日も早い復旧・復興を願ってやみません。


さて、前回はロシアが誇る美の殿堂、エルミタージュ美術館をご紹介しました。
もともとはロシア皇帝の宮殿であった建物ですから、美術館そのものも素晴らしく、当時の栄華を物語っています。
今日は、その華麗な歴史を持つエルミタージュ美術館の展示作品をご紹介しましょう。
エルミタージュ美術館は写真撮影が許可されていますが、なかなか素人にはうまく撮れません。見づらいかと存じますが、どうかお許しください。


ゴシック・ルネサンス期の絵画からご紹介しましょう。

シモーネ マルティーニ「受胎告知の聖母」

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この絵はもともと折りたたみ式の2枚一組の絵画の右側の部分で、左側には大天使ガブリエルが描かれていたそうで、こちらはワシントン・ナショナルギャラリーにあるそうです。そういえば、現在ワシントン・ナショナルギャラリーの巡回展が日本で開催されていますね。


ピエトロ ペルジーノ「聖セバスチャンの殉教」


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ペルジーノはルネサンス期を代表するイタリアの画家で、システィーナ礼拝堂の壁画装飾を担当した方でもあります。


レオナルド・ダ・ヴィンチの左は「リッタの聖母」、右は「ベヌアの聖母」


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リッタもベヌアも所有者の名前です。
大天才ダ・ヴィンチが残した絵画作品はわずか20点といわれており、それらのうち、2点がこのエルミタージュ美術館にあるわけです。


ティツィアーノ ヴェチェッリオ「悔悛するマグダラのマリア」


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マグダラのマリアは娼婦でした。悔悛し、天を仰ぎ涙するその表情からも必死さが伝わってきますが、右下に書かれている本が載っているのは死の象徴であるドクロ、つまりは死の覚悟を持って悔悛する姿が描かれているんです。


こちらも同じくティツィアーノの作品「ダナエ」

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「ダナエ」はギリシャ神話の登場人物の一人で、アルゴス王の娘です。
王は、娘の子どもに殺される...との予言を聞き、娘ダナエを青銅の塔に閉じこめ、求婚者たちを遠ざけます。 しかし、オリュンポスの主神ゼウスが黄金の雨に姿を変えて彼女を訪れます。そしてダナエは身ごもり、息子ペルセウスを出産します。
このペルセウスが、円盤投げの事故で祖父アルゴス王を誤って死なせてしまうというくだりがあるのです。

ジュピターが金の雨に姿を変え、上から降ってきていますね。
召使いがその雨を集めようとしています。


同じ「ダナエ」を題材としたこちらはレンブラント・ファン・レインの作品。


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1985年、ソビエト時代のロシアで精神を病んだ男性がこの「ダナエ」を自分の恋人と思い硫酸をかけ、ナイフで2箇所の傷を切りつけた大事件を起こしました。
裸婦の頭部や両手、両脚は修復不可能なほどの損傷を受けましたが、12年にも及ぶ修復作業の後、再び展示室に戻ってきました。この事件以降、エルミタージュ美術館には液体を持ち込むことが禁じられております。


ラファエロ・サンティ「聖家族」
マリアの慈愛に満ちた眼差しとヨセフが幼子キリストを見つめる姿が生き生きと描かれております。髭のないヨセフは珍しいそうですよ。


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フランシスコ・デ・ゴヤ「アントニオ・サラテの肖像」
わずか36歳で亡くなった無名の女優は、この絵によって名を残すことになりました。

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エル・グレコ「受胎告知」
同じ題材の絵が日本の大原美術館にもあるそうです。

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今日の最後は彫刻作品で締めくくりましょう。
ミケランジェロ作「うずくまる少年」

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イタリア以外でミケランジェロの作品に出会うことは少なく、ここエルミタージュ美術館でもたった1点のみの収蔵となっています。
人間の筋肉をよく研究し、今にも立ち上がりそうな少年の姿が表現されています。

次回はロマノフ王朝の栄華をご紹介しましょう。


                                                    小豆畑 理恵


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皆様 こんにちは
いかがお過ごしですか?

先日のブログでロシアの首都モスクワをご紹介してまいりましたが、今日はロシア第二の都市サンクトペテルブルグをご紹介しましょう。

サンクトペテルブルグは1703年、ピョートル大帝によって開かれます。
厳しい気候の中、バルト海に開かれた港と要塞を築き、運河を掘り、杭を打ち、4万人以上の尊い命の犠牲を払いながらも新しい町が出来上がります。
この町はピョートル大帝の守護聖人である聖ペテロから名前をいただき、「聖ペテロの町(サンクトペテルブルグ」と名付けられました。

300年前までは沼沢地であったサンクトペテルブルグは現在ヨーロッパ屈指の美しい町として知られています。これは決してお世辞ではなく、町は開放的でヨーロッパ的、そして文化や芸術に溢れています。

ロシアが世界に誇るエルミタージュ美術館も、ここサンクトペテルブルグにあります。


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エカテリーナ2世の時代、宮廷による美術品収集がピークを迎えます。
単純な美術趣味のためだけではなく、優れた美術品を収集することで、自国の文化を育て文化的イメージを向上させるといったねらいがありました。同時に、国力を他国に誇示するという意味合いも強かったそうです。

収蔵美術品の数、300万点、展示室をすべて歩くと20km以上。
では巨大な美術館の片鱗をご紹介しましょう。

内部はかつて宮殿として使っていた建物らしく天井が高く壮麗な雰囲気です。

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「ピョートル大帝の間」に飾られた「ピョートルとミネルヴァ」の絵。

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女神とピョートル大帝が並んで描かれています。


こちらはブロンズ製のシャンデリにロシア各地の紋章が刻まれていることから「紋章の間」と呼ばれています。


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次は「1812年祖国戦争の画廊の間」です。


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英雄クトゥーゾフを中心にナポレオン戦争に参加した300人の将軍たちの肖像画が掲げられています。


こちらの椅子が置かれている部屋は「聖ゲオルギーの間または大玉座の間」と呼ばれています。


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歴代皇帝による謁見の間で、椅子の後ろに描かれているのはロマノフ王朝の紋章である双頭の鷲です。

これはエカテリーナ2世が愛人ポチョムキンから贈られた「孔雀のからくり時計」です。

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18世紀後半にイギリスで作られたもので、いろいろな仕掛けがあります。

床には8角形のモザイクがはめ込まれています。


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ウラル山脈でとれるクジャク石をふんだんに使った壺。


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次回は絵画作品をご紹介しましょう。


                                               小豆畑 理恵


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皆様 こんにちは

今日はこちらから。
先日部長が添乗いたしました富士山のご来光です。


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いつも下から眺めているだけの入道雲も一緒に山を登っているようですね。


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3776メートル、日本で一番高い山。


高所に弱い私も、いつか日本最高地点へ行こうと心に決めています。
ところで、富士山は「山ガール」と呼ばれる若い女性の登山愛好者で賑っているそうです。
巷には「山スカート」なんてものもあるらしいですし、若い女性らしい色鮮やかなジャケットや帽子なども出回っているようですよ。

私は登山をしませんが、山にはよく行きます。
そこで必要になるのが、クマよけの「熊鈴」なのですが、先日、会社のそばの百貨店でこんなに可愛らしい「熊鈴」を見つけましたよ。


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南部鉄器でできたチューリップ型の熊鈴。
ちりーん、ちりーんと鳴らしながら、今週末も山に向かおうっと。


さて、今日はモスクワの街をご紹介しましょう。

参加されたお客様にモスクワの印象は?とお聞きしますと、ほとんどの方々が「大渋滞」とお答えになります。


朝も。


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昼も。


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夕方も。


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いつもどこかで大渋滞しているのが、モスクワです。

南西部に広がる丘陵地帯、雀が丘ではそんなモスクワの喧騒はどこ吹く風というような青空が広がっています。

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こちらはロシア随一の難関大学、モスクワ大学の校舎。


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国会議事堂ですよと言われてもおかしくない立派な建物です。
高さ236m、正面の幅450m、両側の17階建ての袖部分は学生たちの寮だそうです。

こちらは世界遺産のノヴォデヴィチ修道院のスモレンスキー聖堂です。


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500年近い歴史を誇る女子修道院でクレムリンの出城としても使われていたそうです。

敷地全体が緑に囲まれております。


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門の上にも聖堂があります。17世紀後半に造られたプレオブラジェーンス教会です。

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そして私のお気に入りの場所、トルストイの家博物館です。


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文豪トルストイが20年近く暮らした家なのですが、トルストイは裕福な家の出身だったため、メイドさんたちも一緒に暮らしていました。その当時の様子が、そのまま残っております。中は撮影禁止ですので外側からだけですが、簡素な外壁の印象とは異なり、中に置かれている調度品などは価値の高いものばかりです。


なにより素晴らしいのが、ここ。


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トルストイの家の庭です。
家の敷地の中に森があり、散策できるようになっております。

最後にご紹介するのは、モスクワ・シェレメーチエヴォ国際空港です。


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2007年から改築を重ねているこの空港は、どんどん進化しています。
内部も明るく開放感があります。

次回は、サンクトペテルブルグをご紹介しましょう。


                                                 小豆畑 理恵


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