とうおう旅くらぶ
東奥日報社観光部のメンバーが旅行商品や観光部の日常を紹介するブログです。

■旅行案内
東奥日報社観光部がご用意する国内・海外旅行プランはこちら!

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

アーカイブ






褐色の大地 ナイルの恵み エジプト周遊の旅②

| トップページへ

皆様こんにちは
外の気温はマイナス5℃。立春を過ぎたのになぁという天気の青森ですが、皆様はいかがお過ごしでいらっしゃいますか?
青森に住んでいると、春の訪れが本当に待ち遠しく感じますね。

さて、前回はエジプトのピラミッドをご紹介させていただきましたが、今日は地中海に面した街・アレキサンドリアの町をご紹介しましょう。
アレキサンドリアはマケドニア王国のアレキサンダー大王によって紀元前332年に建設された都市で、現在はエジプト第二の都市になっております。
では、アレキサンドリアへ向けて出発します。


と、その前に。
古代エジプトの「イケメン」ラムセス2世の巨像をご紹介しましょう。

ラムセス2世

どうです?この端正な御顔立ち。
頭にかぶっている冠は上下エジプトを治める者の冠である二重の冠となっています。
かつてエジプトは上エジプト(カミエジプト)と下エジプト(シモエジプト)に分かれておりました。上エジプトはナイル川の上流部分、つまりカイロからアスワン(南の方)までを指し、下エジプトとはナイル川の下流部分、つまりカイロからアレキサンドリアまでを指していました。それぞれ異なる文化が発展した後に統一されたため、古代エジプトでは王の称号の中に、上下エジプト王という名称が残ったそうです。

紀元前1270年ごろ即位し、67年間在位する「最も偉大なファラオ」と呼ばれる王がこのラムセス2世です。アブシンベル神殿を作ったのも彼なのですよ。
これから、エジプトをご紹介しますとラムセス2世の名前が上がってくると思いますよ。

では改めて、アレキサンドリアへ向けて出発します。
ギザから高速道路を通ります。

アレキサンドリアの町の中へ入ってきました。

まず、ポンペイの柱を見学します。

3世紀にローマの皇帝が建て、かつては400本もあったといわれる柱の最後の1本です。
ローマの時代に迫害を受けたキリスト教が、宗教として認められ、ローマの国教となる時、これら残りの柱を破壊しました。

  

高さ約27メートル、柱の前には1対のスフィンクスが置かれています。

次に訪れたのはカイトベイ要塞です。

ここはもともと、紀元前280年頃、ファロス島に建てられた巨大な灯台があった場所です。
当時の灯台は、大理石の三層構造で、全体の高さは120mあったと伝えられています。
そして30km先の沖合から、この灯台の明かりを確認することができたそうです。
しかし、度重なる地震などで損壊し、灯台はその機能を失うのですが、マムルーク朝に支配されていた15世紀ごろ、権力者であったカイトベイが、その灯台に使用された石材を再利用し建設されたのが、この要塞なのです。

内部にはモスクもありました。

  

要塞という割には、とてもエレガントな建物です。

窓から見える地中海の青が眩しいですね。

新国立アレキサンドリア博物館にも行きました。

海が近いせいか、海底から発見された遺物も展示されていました。

  

  

次回はルクソールをご紹介しましょう。

                                                           (あ)


お問い合わせ先:kankoblog120@toonippo.co.jp
※@を半角に直してお送りください