とうおう旅くらぶ
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2009年10月アーカイブ

皆様 こんにちは

烏鎮の夜景はいかがでしたでしょうか?
夜景の写真をとるのは難しいですね。
私の使っているデジタルカメラでは「夜景モード」というのがありまして、それにするとうまく撮れるらしいのですが...撮れない。
どうしたものかしら?と思い、ハートマークの「かんたん楽々モード」で撮ると、あら不思議、夜景もバッチリ撮れました。

カメラもどんどん進化し、説明書を読んで、使いこなすのに一苦労です。いつも思うのですが取扱説明書ってどうしてあんなに難しいのでしょうね。

では今日は蘇州をご案内しましょう。

蘇州といえば「水の都」「東洋のベニス」と呼ばれており、日本では「蘇州夜曲」で知られています。
私は個人的にこの「蘇州夜曲」が大好きで、バスの中でときどき歌っています。今回も下手なのはマイクのせいにして、移動中に歌ってしまいました。

蘇州は白壁と黒瓦の家々の間を縫うように水路が走っています。
街の歴史は紀元前514年に始まるということですから、なんと2500年以上の歴史があり、発展を続けた街となっております。
また、蘇州といえばシルク、そしてそれによって財をなした富豪たちの造った江南式庭園の数々。これら多くの江南式庭園のうち9か所がユネスコの世界文化遺産となっております。
では江南式庭園の一つ、拙政園をご紹介します。

  

この庭園は16世紀の初頭、政府高官を失脚した王献臣が賄賂で造られたという噂から「拙者之為政」つまり「拙いもの(卑怯なもの)が政治を行う」という詩が詠まれ、それで拙政園と呼ばれるようになったといわれています。

敷地は約5ヘクタールと広大で、水をテーマに造られています。

  

透かし窓の模様はすべて違っており、この窓から眺める景観には趣があります。

  

春夏秋冬、天気が良くても、雨が降っても楽しめるように設計されています。

次は虎丘に行きましょう。
「東洋の斜塔」がそびえる呉王・闔閭(こうりょ)が眠る丘です。葬儀の3日後に墓の上に白い虎がうずくまっていたというところから、この名がついたそうです。

写真の中央に塔が見えています。
この塔は961年に創建された雲巌寺の塔で蘇州最古の塔です。
地盤沈下により3.5度傾いています。

そして「楓橋夜泊」の漢詩と除夜の鐘で有名な寒山寺です。

除夜の鐘の音を聴くと、10歳若返るそうですよ。

それでは有名な漢詩「楓橋夜泊」 をご紹介しましょう。

「楓橋夜泊」 張継

月落烏啼霜満天  
江楓漁火対愁眠  
姑蘇城外寒山寺  
夜半鐘声到客船  

月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓 漁火 愁眠に対す
姑蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声 客船に到る

この詩はとても奥が深いそうで、ひとつひとつの言葉に意味があるそうです。例えば第一句では「月落」と書いていますが、これは「夜になった」という意味の他に「試験に落ちた」ということも暗に示しているそうです。実は、作者・張継が官吏試験に落ち、その帰路、失意のうちに詠んだ詩だそうです。「烏啼」は「からすが鳴いている」ことなのですが、カラスは日本でもあまりいいイメージの鳥ではありませんよね。「霜満天」は「霜が空いっぱいに広がってきた」ということなのですが、「霜が空いっぱいに広がる」と前がよく見えない、つまり、未来が見えない...という事を詠んでいるそうです。

もちろんさまざまな解釈があると思いますが、今日はガイドの金永振さんが、上記のように説明してくれました。

ちなみに東奥日報社観光部の筋向いにあります中華料理屋さんでも、この「楓橋夜泊」の詩を飾っていますので、時々見に行きます。

次回は万博の準備が急ピッチで進んでおります上海をご紹介します。       (あ)


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皆様 こんにちは

そろそろ10月も終わりに近づいてきましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
東奥日報社観光部のある場所は、善知鳥神社のお庭を毎日眺められる恵まれた環境にあります。ここにお越しになられた方は「明るいわねぇ」と口々におっしゃられます。
本当に明るくて、席に座っているだけで幸せな事務所で、仕事をさせていただいています。
特に、私の席からは空がばっちり見えます。
雲もその日によって流れる速さが違い、台風が近づいた時には驚くほど速く、風のない日には雲も足踏みしているようです。当り前のことなのでしょうが、こういう日々の何気ない変化に気づくことのできることに、毎日感謝しています。

さて、中国の旅はいかがでしょうか?
前回は烏鎮・東柵景区をご紹介しましたが、今日は西柵景区をご案内しましょう。
この西柵景区が、実は今回ご案内させていただきましたお客様方に一番ご好評をいただいたところでございました。
ガイドブックにも小さくしか紹介されていない烏鎮の西柵地区は、この旅行を企画いたしました際の、旅のハイライトの一つでした。蘇州や上海は聞いたことがあっても、烏鎮(ウーチン)ってどこ?というのが一般的でしょう。
参加された方々に「もっともっと烏鎮を宣伝して、多くの方に訪れて欲しい場所ね」との感想を持たれました烏鎮・西柵景区、それではご案内しましょう。

東柵景区から車で10分。
西柵景区の入口に到着です。

西柵景区の中は車の立ち入りはできません。交通手段は船か、徒歩です。
入口にてバスから下車し、西柵景区への入場手続きを取ります。

手続きが終わりましたら、さっそく船着場へ。

景区へ入場するための渡し船に乗ります。

  

5分ほどで運河を渡ると、そこは先ほどの東柵地区の喧騒とは違う、静かで落ち着いた空気が流れています。街は整然としており、建物はすべて修復され、あまりの美しさに驚きました。

景区は運河に平行する1.8kmにわたって延びる通りが中心となっています。
運河にかかる石橋をなんどか渡りながら散策します。

まず、叙昌醤園を訪れます。
1859年に烏鎮で最初に創業された味噌と醤油の製造販売所です。
中庭には大豆を天然発酵させるための壺がずらりと並べられています。

白いふたの部分は、真綿です。

真綿を使うことにより、虫が入ることがなく太陽の下で天然発酵させるそうです。


次は亦昌冶坊(エキショウヤボウ)と呼ばれる、鉄鍋工房を訪れました。

直径が私よりずっと大きい鉄鍋が展示されています。「天下第一鍋」と書かれています。

街の様子を見てみましょう。
運河を鵜飼いの船が通ります。

  


街はとても静かです。東柵に比べ、こちらが静かなのは、観光客がほとんどいないからです。これは、東柵・西柵の両方を訪れると一日がかりとなってしまい、どうしても西柵に宿泊を伴うからです。

西柵での宿泊は西柵景区のオープンに伴って開館した「通案客桟」という素敵なホテルでした。入口はちょっと裕福な民家の入口のようで、「えっ、ここがホテル??」という門構えなのですが、中に入るととても素敵なホテルでした。

  

夜は町全体がライトアップされており、幽玄な雰囲気を醸し出しています。

  
  
むこうに見える橋は通安橋と呼ばれる橋です。 昼と夜、二つの顔をお楽しみください。

  

「東洋のベニス」という言葉がありますが、私の印象は「中国の金沢」でした。金沢市の主計町やひがし茶屋街も夜間ライトアップされますが、その幻想的な趣に似ています。

   

そぞろ歩きが楽しい烏鎮・西柵景区でした。

次回は蘇州の町をご紹介します。                      (あ)


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皆様 こんにちは

写真で見る杭州はいかがでしたでしょうか?

ツアーでは杭州の夜、「西湖印象」というショーを見ました。
昨年の北京オリンピックの開会式の演出をされたチャン・イーモウ氏が総監督を務め、日本を代表する音楽家である喜多郎氏が音楽を担当されたショーで、西湖の湖上、湖面ぎりぎりにステージを作り、その上で大勢の方がパフォーマンスをするという大型山水実景ショーとなっております。
拝見した感想は...素晴らしいの一言。
男女が出会い、別れる、その悲哀をセリフを使わずに表現しています。
人々が湖面の上を滑るように演じ、照明、音楽、舞台装置、それらが見事に融合し感動を生み出すショーでした。
残念ながら写真で紹介することはできませんが、杭州に行かれたら、ぜひこの「西湖印象」をご覧くださいね。

では、旅を進めることにいたしましょう。
杭州を出発し、烏鎮へと参りました。烏鎮は上海と杭州の中間に位置しており、京杭大運河の畔に開けた街です。街の歴史は1300年前に遡ります。河沿いに浮かぶ楼閣や古い建物が連なる小径には昔ながらの情景が広がっています。
烏鎮は東柵景区と西柵景区に分けられます。
一般的な烏鎮の観光では2000年にオープンした東柵景区を訪れますが、今回のツアーでは2007年にオープンしたばかりの西柵景区も訪れ、さらに景区内にて宿泊しました。

東柵と西柵の一番大きな違いは、現在もそこに人が住んでいるか否かということです。
東柵には現在も人々が昔と変わらず生活しており、その素朴な生活の様子を垣間見ることができます。一方の西柵はもともとの住民たちは移転しましたので、東柵とは違う、落ち着いて静かな雰囲気が街全体にあふれています。

それでは東柵景区からご案内します。
駐車場にバスを止めると、そこは人・人・人。中国国内からの観光客で溢れています。
景区に入場するのにゲートで入場料を払い中へ入ります。

のどかな風景が眼前に広がります。東市河という運河に沿うように町ができています。

  

ビョーンと伸びた竹の先には人が...これも伝統芸の一つで、観光客に披露しているそうです。

香山同薬店という昔の漢方薬店の跡です。

江南百床館に入りました。
華麗な装飾の中国ベッド約100点を展示しています。

  

高床式の床周りを豪快な木彫り枠が囲むのが中国スタイルです。かつてはその方の経済状況ではなく社会的地位で、使える色やデザインが決まっていたそうです。


藍染の工房にも立ち寄りました。
烏鎮の特産品でもある藍染は化学染料を一切使わない伝統手法にて制作しているそうで、中庭には藍布が天日干し。一枚一枚柄が違うんですよ。
  

藍染の過程も見せていただきました。

工房の女性はここの藍染には3000年の歴史がありますと自信を持ってお話していました。


次は江南木彫陳列館です、
江南地方の住宅装飾に使う木彫りが展示されています。

香木をつかった柱もありました。

東柵地区には現在も人々が住んでいます。
その生活様式はとても素朴で、長屋のような雰囲気を持っています。

  

  

運河を中心とした生活様式がしっかりと根付いています。

次回は西柵景区をご紹介します。                                   (あ)


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皆様 こんにちは

アップルマラソンに向けてトレーニングをしてきたのに、申込を忘れてしまった小豆畑です。
部長の工藤は50代での初挑戦、フルマラソンに出場し4時間10分にて完走したというのに、私ときたら...申し込むのを忘れるなんて、情けないなぁ。

皆様、次回、部長に会われたら、マラソンの事をぜひ話題にしてくださいね!

初めてのフルマラソンを完走するためには、1に努力、2に努力、3に気合かな...などと考えますが、「始める」ことに年齢は関係ないのだと改めて勉強しました。
身をもって知らしめてくれた上司に感謝です。

ところで、ずいぶん長い間、とうおう旅くらぶを更新できず申し訳ありませんでした。
実は、東奥日報社観光部が引っ越しをしたのです!

新店舗の様子 →  

東奥日報新町ビルの老朽化に伴い、前店舗から目と鼻の先、善知鳥神社の西側に移転を致しました。
引っ越し作業では多くの方々にお力添えを賜りました。ありがとうございました。
また、皆様方にも何かとご不便をお掛けし、申し訳ございませんでした。
観光部一同、心機一転、気を引き締めて参りますので、皆様方のますますのご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。

10月も終わりに近づき、善知鳥神社の木々もすっかり赤や黄色に色づいております。

毎日、自然の息吹を感じられる明るい店舗で仕事ができることは、実にありがたいことだと感じております。
新町にお越しの際には、東奥日報社観光部にもぜひお立ち寄り下さい。

さて、今日は10月13日から18日まで添乗させていただきました「中国江南水郷めぐり」をご紹介します。
中国には古民居が保存され、伝統的な生活様式が残る「古鎮」と呼ばれる町や村があり、長江の下流域である江南地方にも運河の走る「水郷古鎮」が点在しております。
今回ツアーで訪れましたのはノスタルジックな江南水郷の1つである烏鎮、北京と杭州を結ぶ京杭大運河にて発展を遂げた杭州、庭園が有名な運河の町・蘇州、そして2010年の万博へ向けて町全体が活気づいております上海と、上海を中心とした水郷の町々です。

では中国七大古都の1つ、杭州からご紹介します。
杭州の歴史は2200年以上、秦の時代にさかのぼります。
かつて日本が平安時代で藤原家が台頭していたころ、杭州は呉越国の都として栄え、その後は南宋の都として文化・経済の中心となったのが杭州です。

町のシンボルは西湖。

春秋時代の美女にもたとえられた中国十大風景名所の1つに数えられる西湖は面積5.6㎢、周囲15kmと、十和田湖の面積61.1㎢、周囲46kmに比べると小さな湖ですが、見どころは湖に浮かぶ島や湖を眺望できる寺院、橋や庭園などたくさんあります。


では、西湖を代表する10か所の名所「西湖十景」の1つ、曲院風荷から訪れましょう。
ここは夏の時期、蓮の花を鑑賞する場所。蓮の花のピンクと葉の緑が素晴らしい公園です。

蓮はその姿が仏の智慧そして慈悲の象徴とされているように、どんな汚い水の中でも育ち、美しい清楚な花を咲かせる花として中国人に愛されています。
曲院とは宮廷用の酒を造る醸造所のこと。南宋時代、蓮が満開になる頃、この一帯に花と酒の甘い香りが漂っていたことから、曲院風荷という名がつけられたそうです。

蓮の花が咲く時期は、本当に美しい眺めだろうなぁと想像しながら、散策しました。

「西湖十景」をもう1つ、花港公園も散策します。

この名は西湖の背後にある花家山から流れ出る清流がここを通って西湖に達していたため、「花港」と呼ばれるようになりました。
  

敷地面積は20ヘクタールと広大な公園なのですが、牡丹と鯉で有名な場所でもあり、春には1000本以上の牡丹が咲き乱れ、7000匹以上の鯉がここを訪れる人々の目を楽しませてくれます。


西湖は船にて遊覧します。

  


私たちは遊覧船に乗りましたが、宴会ができるような手漕ぎボートもありました。

西湖から離れ、杭州を流れる大河・銭塘江の北岸にそびえる高さ60mの塔、六和塔を訪れます。

六和とは仏教の六合もしくは六方に由来しています。六合(六方)とは東西南北上下の六方向と考えますが、仏教ではお釈迦さまがその6つの方向それぞれに父母、先生、親族、友達、使用人、聖職者を配し礼拝するようにという教えがあるそうです。


最古の禅宗寺院、霊隠寺にも訪れました。

かつてここには3000人を超える修行僧がいたとか。ご本殿に行くまでの参道の途中にある飛来峰に彫られた石仏は338体もあるそうです。木々の間から布袋様が微笑んでおられたりと周りの景色も見逃せません。

ご本殿のお釈迦様の像は高さ24.8m。木彫座像の中では中国最大のものです。

  

次回は水郷の町、烏鎮をご紹介しましょう。
                                                        (あ)


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