とうおう旅くらぶ
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2012年2月

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2009年5月アーカイブ

皆様 こんにちは

このアモイ・上海・蘇州の旅も今回のページで最終章となりました。

5日間という限られた時間の中での、3つの街めぐりでしたから、少々駆け足であったと思います。
旅行にご参加いただきました皆様、お疲れ様でした。

旅の終わりは、いつも新たな旅の始まりだと感じます。

この旅の終わりにあたり、旅行中のエピソードを一つご紹介します。
それは、アモイから上海に戻る航空機の中でのことでした。
飛行機は満席で、私の席はある中国人の少女の隣でした。2列後方には彼女のお母さんが座ってらして、彼女は時々立ち上がってお母さんと話していました。
もちろん、中国語でしたから、私にはちんぷんかんぷんです。
でも、彼女は中学生ぐらいだったこともあり、私は乗務員に「よかったら私が席をお母さんと変わりますよ」と伝え、彼女のお母さんの席と変更したのです。

その時、二人は私に「ありがとう」の言葉をかけることはありませんでした。
その様子を見ていた方は、やっぱりなぁと思われたことでしょう。

旅行中、たとえばトイレが込んでいて並んでいると、後ろから来た中国の方々は並んでいる日本人たちを無視して割り込みをしたり、空港の中で自身が持っていた飲み物などを床にこぼしても、拭こうともしなかったり、現地の方のマナーについて、ずいぶん日本とは違うなぁと感じられたことでしょう。

ですから、さきほどの二人とのやりとりも自然に見えたと思います。

ところが!

飛行機が無事上海に到着し、預けていた荷物を取ろうと空港内で待っていたら、さきほどの少女が小さな紙切れを私に「for you」と手渡したのです。

それが、こちら。

メモ

英語で " ありがとう! あなたの笑顔はとても素敵。 良いご旅行を " と書かれています。

今まで、何度も何度も同じように席を替わりました。
でも、こんな形でお礼を言われたのは初めてです。
驚いた私は、このエピソードをお客様方に、バスの中でお話ししました。
たぶん、皆様も驚かれたことでしょう。

時代が変わっていくとは、こういう事を指すのかもしれないなぁと改めて思いました。

かつて「旅は文化だ」とおっしゃっていた方がおられました。
旅は文化であるのと同時に、発見の連続であり、新しい価値観を見出す素晴らしい機会となります。すごいね~、来てよかったね~、美味しいね~、など、感動の種類は様々でしょうけれど、この仕事をしていて良かったと思うのは、お客様が感動されているその現場にリアルタイムで自分が立ち会っているというのを感じる時です。

私自身が感動を覚えるのは、建築物や絵画ではなく、いつも人間です。
人の優しさや温かさ、包容力、赦す心、そういう無限の広がりに感動させられます。
今回も、あの少女が私に紙切れを渡してくれたときの、恥ずかしそうだけれど、きらきら輝いていた瞳に静かな感動を覚えました。

「こちらこそ、ありがとう」


参加された皆様、大変お世話になりました。
重ねまして御礼申し上げます、ありがとうございました。
いつの日か、また皆様にお目にかかれますように。

旅の終わりは、いつも始まり。
今回も無事に帰って来れました。
私が不在の間、バックアップをしてくださった同僚の皆さん、どうもありがとうございました。

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アモイから航空機で1時間30分ほどで、万博開催に向けて急ピッチで準備が行われている、上海へ向かいました。
アモイは、どことなくノスタルジック、中国にしてはノンビリのイメージがあるのですが、上海はすべてがダイナミック、人も建物も都会的といったところでしょうか。

上海では、豫園を訪れました。1559年に一般人である潘氏によって造られた江南様式の庭園です。
面積2万㎡、四季折々の樹木や草花がふんだんにあり、池、築山、楼閣、白壁の取り合わせが、素晴らしく、いつ訪れても眺めが良い場所です。

そして、蘇州。

街も上海に比べ、のんびりしています。

蘇州の観光は、寒山寺から始まりました。
唐の詩人張継が詠んだ~月落ち烏啼いて霜天に満つ~「楓橋夜泊」で有名な禅宗寺院です。

では中へ入ってみましょう。

願い事を書いたお札(?)が奉納されています。

                         
大殿に祀られているお仏像も黄金色に輝いております。

獅子でしょうか?

蘇州の除夜の鐘で有名な鐘楼です。現在の鐘は明治時代に日本から寄贈されたものだそうです。

蘇州には有名な庭園がいくつかあります。これらはまとめて世界遺産登録されているのですが、今回はそのなかでも1798年に造園された留園を訪れました。

東は建築物が中心、西は築山、中央部は自然の風景を生かした山水の世界を表現し、北は藤棚や葡萄棚を配置し田園風景になぞらえています。
細かな部分も、繊細な装飾が施されています。

窓枠も優雅です。

本当に変化にとんだ素敵な庭園なのですが、最近は観光活動の一つとして、付近の芸術学校の学生さんたちが、中国の伝統音楽を演奏しているそうです。

衣装や演出もなかなか素敵です。

古き良き時代に思いを馳せながら、庭園内を散歩します。

最後に訪れたのが、こちら。自然のままの古い城壁、胥門です。

かつて蘇州は周囲47里を城壁で囲まれていました。現在はその一部しか残っていませんが、城壁の奥行きが結構あって驚きでした。


さぁ、そろそろ帰りましょうか。

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コロンス島を後にし、向かった先は、胡里山砲台です。
砲台からは台湾の金門島も見えています。

入口を過ぎると、塹壕、兵舎などが目に留まります。

胡里山砲台


かつては、ここも弾薬庫として使われていたとか。

胡里山砲台

この砲台はアヘン戦争の時に築かれたものです。長い間、人民解放軍の管理下にあったため、一般に公開されたのは10年ほど前だそうです。

これはドイツ製のクルップ砲です。
クルップはドイツの軍需企業だそうで、第一次世界大戦の際には、このクルップ社製の大砲が活躍したそうです。

クルップ砲

中国はドイツから2門の大砲を購入しましたが、現存するのは、この一門のみです。
もう一門は中華人民共和国が成立した時、中国国内で鉄が不足したため、造船所に運ばれていったそうです。

砲口の直径は28センチ、砲身は14メートル弱、射程距離が6490メートルと当時としては最高の性能を誇っていました。
清朝がこのクルップ砲をドイツから購入してから、実際にここに到着するまでに、3年の年月を要したそうです。

このクルップ砲が実際に何発の弾を撃ったかと言いますと...
練習として2発、そして、第二次世界大戦の際に攻めてきた日本軍艦にむけた1発、合計の3発だそうです。

では、そろそろアモイを後にし、上海へと北上してまいりましょう。

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さて、今日はもう少しアモイを散策しましょう。

では、まず、町の眺めから。

バスからの眺め

高架道路はバス専用道路となっています。市内が渋滞したとしても、バスだけは特別扱いだそうです。

そして、ちょっと見づらいのですが、町はバイクの乗り入れが原則禁止です。
環境に気を遣っているそうです。

電動自転車

もちろん、ダメ!!と言われても、警察の目をくぐりながら乗る人もいますが、バイクに見えるこの乗り物は電動自転車です。
もうちょっと大きな写真で確認してみましょう。足が動いていないので、スクーターに思えるのですが、ガイドさんは「自転車」という言葉を使います。ウーム

電動自転車

アモイ島は空気も美味しいですよ。
では、アモイ一番の観光地である、コロンス島を訪ねましょう。

コロンス島はアモイの南西にある小さな島です。「海上花園」とも呼ばれる美しい島です。島の中は、電気カート以外の全ての乗り物が禁止されています。
1902年に共同租界地に指定されてから、日本をはじめとする各国の領事館や学校、商社などが建設され、現在でも優雅な面影を残しています。

アモイ港から船に乗ります。船で約10分の距離です。船は2階建てとなっており、2階のほうは1元の追加代金を払わなければなりません。

船に乗り込む人々

追加代金を支払い、2階へ上がると、こんなに素晴しい景色が待っていました。

海上からの眺め

コロンス島に到着すると、華安土楼で乗った電気カートと同じタイプのカートで島を回ります。
ブーゲンビリアの花が咲き、中国の喧騒とは程遠い時間が流れていきます。
カートは菽荘花園の前で止まります。

菽荘花園


菽荘花園は1913年に建造された庭園です。外国で富をなした林菽蔵氏が母のために造園したといいます。

林氏の像

中に入ると、潮の干満によって景色が変わっていくのが、想像できます。

菽荘花園


浜の上に橋が作られております。

菽荘花園


橋と橋との間には東屋が設けられており、コロンス島の見所の1つでもある、日光岩を遠景に見ることができます。

高台の上の日光岩

また、この庭園の中には、全国でも唯一のピアノ博物館があります。

ピアノ博物館

ここは租界地であったことから、ピアノの普及がなされ、有名な音楽家を輩出しているそうです。
オーストラリア在住の華僑・胡氏が個人のコレクションを寄付したそうで、中にはアンティークピアノが展示されています。
コロンス島は別名「ピアノの島」とも呼ばれているそうですよ。

コロンス島は乗り物が禁止と申しました。ですから、島内で出たゴミもこのように人力で運ぶわけです。

ゴミを回収する女性

何気なく置かれている植木も、亜熱帯の植物ですね。

植木

それでは、そろそろコロンス島を後にして、アモイ島へ戻りましょう。
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福建土楼を堪能した後、アモイに戻ってきました。漢字では「厦門」と書きますが、発音は「シャーメン」です。日本語でのアモイという言葉は、原住民族であったビンナン族の言葉だそうです。

中国五大経済特区の1つであるアモイは、発展も目覚しく、毎日が大工事といったところでしょうか。
あっという間に、バス専用の高架道路ができていたり、古い民家を壊し、またたく間にモダンなショッピングセンターを建設していたり。

台湾海峡をはさんだ中国側が福建省南東部にあるアモイです。人口220万人ほど、「東海の真珠」の名がぴたりと当てはまるブーゲンビリアの咲き誇る島です。中国本土とは全長6000メートルほどの橋で結ばれています。

まずは南普陀寺から訪れましょう。
唐の時代に建立された南普陀寺は五老峰という山裾にあります。敷地面積は3万平方メートル以上あり、天王殿、大雄宝殿、大悲殿、蔵経閣、鐘鼓閣が福建省1000年の古刹として鎮座しております。

南普陀寺

では、お寺の中に入ってみましょう。
昨今の世界経済の打撃を受け、大卒の若者たちの就職が厳しくなったとかで、ひたすら祈っているのも若者が多いような気がします。

中国でのお参りの仕方は、
①お線香を手に取り、専用の場所で火をつけます。
②それをご本殿にもって行き、願い事をします。
③最後に、お線香をさす場所がありますので、そこにさします。

中国のお線香は日本に比べ、長くて太いようです。

お線香も日本とは違います

ご本殿の脇には、こんな塔があり、なにやら皆お金を投げています。

お金を投げる人たち

うまく、穴に入ると願いがかなうとかで、必死です。

構内の建物を散策しながら、上のほうへと上っていきます。

すると、岩に彫られた「佛」の字が。5メートルの「佛」の金色の字は、輝いておりました。

佛

私はここでギブアップ。時間と体力のある方は、山の上のほうまで歩いていくことができますが、私はここから戻るとしました。

上からの眺望


次は、コロンス島を訪ねます。
             
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東陽楼のすぐ隣に南陽楼があります。もう長いこと(200年ほど)人は住んでおらず、現在ここは、土楼民俗博物館として使われています。この南陽楼は蒋氏の子孫が建設しました。

入口の看板

入口には、福建土楼について書かれた石碑があります。

石碑

ちょっと読んでみましょう。
「福建土楼は山間部の居住可能な建築物として、他に例を見ないだけではなく、自然景観と中国の村の持つ歴史と環境との調和を表しています...」

中は保存状態がよいばかりではなく、まるでそこに誰かが、現在も暮らしているように再現されています。

内部

一階には台所があります。

naibu2.JPG

この台所の奥には、なぜかしらフラットテレビがあります。

テレビ

中は二重になっています。

内部の様子

もちろん井戸も二つ。ここでも陰陽を表しています。

井戸

二階へと続く階段は、とても急で、昇降に苦労します。

階段

天井は木でしっかり組まれています。

天井

土楼の内側に向けられた窓枠も素敵です。

窓

この部屋は新婚夫婦が使ったとのこと。

部屋

出口では付近の子供たちが、バイバイと手を振っていました。

子供たち

直径約52メートル、高さ約13メートル。最大96戸が生活していた南陽楼にお別れを告げます。
南陽楼を出て、ふと後ろを振り返ってみると、南陽楼の隣が一般の民家であることが分かります。


南陽楼と民家

さて、華安土楼群を後にして、アモイへと戻りましょう。

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二宜楼から東陽楼までは徒歩5分ほどです。
周りは茶畑、そして時々野菜も植えられていました。

茄子も植えられています。   茄子

方形土楼「東陽楼」は二宜楼よりも新しいのですが、それでも建てられてから120年ほど経っているそうです。この土楼も建設には30年ほどの時間を要したというのです。
現在、中国の大都市のどこを訪れても、道路や建物の建設が行われています。本当にあっという間に町の様子が変わります。
土楼を建設するのに30年とか45年とか聞きますと、本当に同じ国にいるのか、首を傾げたくなります。

さて、おしゃべりしている間に、東陽楼に着きました。

東陽楼


ちょっと見づらいのですが、階段の上のほうには、この土楼で飼われている犬もいます。


先ほどの二宜楼が手狭になったため、こちらを建設したというのですから、蒋氏一族は大家族だったのですね。
現在でも7家族がここに住んでいます。

   

なんとなく、私たちが昔住んでいた家に似ているね...という声もお客様から聞こえてきます。
そういえば、祖母の家は母屋と別にお手洗いがあって、冬はすごく寒いし、夜中に一人でお手洗いに立つのが怖かったなぁとか、子供だった私には井戸をうまく汲み上げられなかったこととか、思い出しました。

さて、次は土楼博物館でもある南陽楼を訪ねましょう。

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ウーロン茶畑を抜け、華安土楼へ到着します。

土楼の入口

華安土楼の入り口で、バスをおり、電気カートに乗り換えます。

電気カート

環境に気を使っているのが、ゴミ箱からもわかります。

gomibako.JPG

カートで3分、歩いて15分のところに、最初の土楼「二宜楼」があります。
これが「土楼之王」との別名を持つ円形土楼です。

二宜楼の全体

                        二宜楼の表札


土楼は、一族が山賊の奇襲などに備え安心して暮らせるつくりをしています。壁は厚いですし、入口の戸を完全に閉めてしまいますと、それは城砦と化すのです。

二宜楼は木材の商売で富を得た蒋氏一家が1770年頃から約45年の歳月をかけて建設しました。円楼の中では一倍大きく中の直径は80mもあります。

このような正面からの写真を撮るのには一眼レフもしくは広角レンズのカメラが必要です。

中は二重構造になっており、4階建てです。
現在でも23世帯、70人ほどの人が実際に生活しています。ちなみに最盛期には600人ほどの人がこの中で生活をしていたのというのですから、驚きです。
現在までに28世代にわたる一族がここに暮らしたそうです。

では中に入ってみましょう。
入口は割りと小さい扉です。


扉から中までは10mほどです。

土楼からの眺望 

中に入ると外からは想像できない生活風景が現れます。

土楼内部

付近でとれた農作物、ウーロン茶の葉を選ぶ女性、無邪気に遊ぶ子供たち。

ウーロン茶を選別する女性

付近で取れた農作物


正面の階段を上ると、祖先を祭る場所があります。

土楼内部


その場所から、楼の内側を眺めてみると、この建物が風水の教えに従っていることがわかります。

土楼内部

中央の広場に井戸が二つ、陰と陽を表します。

土楼内部の井戸


陰陽を表す二つの井戸の違いはそこから汲み上げられる水の温度にも現れています。
陰の井戸は、陽の井戸よりも水温が2度ほど低いのです。

また、この楼は南から西へ2度ほど傾いています。
これは夏の暑さが楼に直接入らないようにするためです。

天井の木彫りも素晴しいでしょう?蒋氏がいかに裕福であったかが伺えますね。

土楼内部

お部屋もいくつか入ってみましょう。
中の様子

土楼内部

土楼の外に向けた窓からは、のどかな風景が広がります。
茶畑、そしてそこで働く女性たち。

 土楼からの眺望  土楼からの眺望

発展目覚しい都会の喧騒には程遠い、悠久の時が流れています。

さて、次は二宜楼を出発し、徒歩5分のところにある、方形土楼「東陽楼」を訪ねます。
                                       
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アモイ滞在の2日目は、昨年、ユネスコ世界遺産に登録された、福建土楼群を訪ねました。
福建省には約15000の土楼があるそうですが、その中で有名な土楼群は永定、南靖、華安などです。今回は「土楼之王」と別名をとる二宜楼が含まれる華安土楼へ向かいます。

福建土楼は福建省にある客家人たちの集合住宅を指します。客家人とは北方民族に攻め入られ南下を余儀なくされた漢民族です。よそ者ですから居住条件の悪い場所に住むことを強いられ、山賊などから身を守るためにも、一族は城塞の役割を持つ集合住宅を作りました。

客家人の総人口は3,000万人とも4,500万人とも言われ、中華民国建国の父「孫文」、台湾の前総統「李登輝」、さらに、海外の華僑の3分の1がこの客家人なのです。

今回、この華安土楼を案内して下さいましたのは、日本語ガイドの「黄日明」さんです。

ガイドの黄さん

アモイ市内から華安土楼まで高速道と一般道を通り、約2時間。途中、サービスエリアで休憩します。

サービスエリア

サービスエリアのお店をのぞいてみると。

ちまきを売っています。1個3元。
ちまきちまき

高速道を降りると、そこは茶畑が広がります。福建省といえば、ウーロン茶。海抜が高く、霧が発生しやすく、そして赤土であること、これが良質のウーロン茶ができる条件だそうです。
摘み取った葉を干す光景もバスの中から見られます。

華安土楼までの道

曲がり角は、警察の人形が見張っています。

交通安全

途中の高速道でも、こういう人形が立っていて、初めて見ると奇妙です。

一般道の両側の木々は下部が白く塗られています。これは、虫除けの役割、そして、街灯の役割を持っています。この白く塗られている木は中国を旅するとどこにでも見られるのですが、実はこれにはもう1つの意味があります。
それは、「これらの木々は国家が管理している」ということです。つまり、「勝手に伐採するべからず」という意味を持つのです。また、逆に、個人の木にこういうペイントをしてはならないのです。

木の幹が白く塗られています

のんびり、田舎道を通り、華安土楼へ到着です。

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皆様 こんにちは

食べること、体を動かすことが大好きなアズです。苦手なのはお金の計算。経理のTさん、いつも頼りにしています、ありがとう、謝々。

さてさて、今回は4月25日から29日まで、27名のお客様をお連れし、中国へ行って来ました。中国といえば、人口13億人、国土面積は日本の約25倍!!その中でも、アモイ、上海、蘇州を訪ねました。

アモイまでは、青森空港から日本航空で出発し、羽田空港で中国東方航空の国際線に乗り換え、上海にて中国への入国手続きを済ませ、中国国内線に乗り換えて...という行程で移動しました。

ところで、皆様、羽田空港からの国際線というのをご存知ですか?
東京から海外に出発する場合、成田空港が一般的ですが、ソウルや上海へは羽田空港からも出発することができるのです。羽田空港は日本航空を中心とする航空会社が利用する第一旅客ターミナル、全日空を中心とする航空会社が利用する第二旅客ターミナル、そして、青森空港より小さいと思われる国際線ターミナルがあるのです。
今日はこの羽田空港国際線ターミナルから出発しました。

羽田空港から上海に向けて中国東方航空MU538便にて出発しました。3時間30分ほどの空の旅、あっという間に上海到着です。
飛行機の中では、飲み物のサービス、そして機内食がありました。

機内食

この機内食が美味しくて、ちょっと驚きです。記憶ではお肉のチョイスもあったと思うのですが、私はうなぎご飯をいただきました。

そして、上海へ到着し、入国手続き後、アモイ行きの飛行機を待ちます。
ここで、やっぱり中国は広いということを私は思い知る訳です。
飛行機が到着遅れのため、アモイ行きの出発も遅れることになりました。空港内の出発案内のモニター画面を見ましたら、夕方過ぎの便は軒並み「遅延」と表示されています。午前中、午後のちょっとした遅れも夕方には大きな遅れとなってしまうのですよね。国内線でも2~3時間ぐらいの飛行時間が普通の国ですから、仕方がないのでしょうが、やっぱり待つと長いなぁ。
空港の中には自動販売機があって、エビアンという水が一本20元で売られていました。だいだい、一元は16円ぐらいですから、約320円というところでしょうか?もちろん、空港の中ですから、市内より値段は上でしょうけれど、それでも輸入品は高いですね。

1時間弱の遅れの後、やっと上海を出発。
そろそろ、お腹がすいたなぁなんて考えていましたら、またまた機内食。

機内食

アモイに着き、ホテルにチェックインしたのが、22時ぐらい。青森空港を出発してから、実に13時間30分が経っておりました。

はぁ、疲れた。

明日はいよいよ、昨年世界遺産に登録された福建省の客家土楼群を訪ねます。
                
                     
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