とうおう旅くらぶ
東奥日報社観光部のメンバーが旅行商品や観光部の日常を紹介するブログです。

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2010年3月

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皆様 こんにちは

エジプトの総人口はおよそ7200万人ですが、そのうちの1600万人ほど、つまり約20%の方が、カイロ首都圏にて生活しております。

南のルクソールやアスワンなどと違い、人も車もごった返しています。

カイロ市内

カイロにはスークと呼ばれる市場があり、おみやげから、香辛料まで多彩なものが売られています。

ハンハリーリ・バザール

7世紀からエジプトを支配してきたのがイスラム勢力でした。
歴代のイスラム帝国の支配者が砦として使った場所をシタデル(要塞)とし、その中に、モハメド・アリ・モスクを建設しました。
1824年、モハメド・アリによって建設が開始され、息子のサイード・パシャの時代に完成しました。

モハメド・アリモスク

靴を脱いでモスクへ入ると、まばゆい光がモスク中に広がっています。

モスク内部  モスク内部

イスラム教は偶像崇拝をしませんから、内部はすっきりしていますが、天井の装飾が本当に美しいですね。

天井  内部

エジプトの旅の最後にご紹介するのは、スーフィーダンスです。
イスラム教の一派である「スーフィーズム」の信者たちが神との一体化を目指すためにさまざまな修行を行うのですが、その一つがスーフィーダンスと呼ばれるダンスです。
ぐるぐる旋回し続けることで、トランス状態となり、より神に近づけると考えたものです。

スーフィーダンス  スーフィーダンス


早過ぎて、写真のピントが合わないことをお許し下さいね。

エジプトの旅も無事に終了いたしました。
帰国した日、青森は雪景色でした。
2009年最後の青空はエジプトで見たように思います。
(すみません、この旅行記を綴るのがすっかり遅くなりました)
吹雪の日には、雪さえ降らなければ青森は最高に魅力的なのにと思うのですが、そういう時には「毎日、確実に春に向かっているんだよ」という父の声が聞こえます。

ご参加を賜りました皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。また、帰国後も「ハバキ脱ぎ(旅行反省会)」をしようと声を掛け合って下さり、写真交換会も開催させていただきました。
ご参加いただいた方のアンケートに「友達ができました」との声もいただきました。そういう事を伺いますと、そのような場面に立ち会うことができて本当に自分は恵まれていると感じます。

重ねまして、ありがとうございました。
  
                                                     小豆畑 理恵


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皆様 こんにちは

ルクソールからさらに南下しますと、エジプトの南端の町、アブシンベルに到着します。
アブシンベルと言えば、ラムセス2世の夢の跡、アブシンベル神殿。

2009年現在、文化遺産689、自然遺産176、複合遺産25、合計890のユネスコ世界遺産がありますが、世界遺産という世界共通の概念を作るきっかけとなったのが、このアブシンベル宮殿でした。
19世紀になり、イタリア人ベルツォーニによって発見され、発掘されるのですが、1954年当時のエジプト首相のアスワンハイダム計画により、水没の危機に瀕します。

そこで、ユネスコにより遺跡救済計画が立ち上がり、世界中の英知を結集し、1963年から5年の歳月をかけて、神殿を1036個のブロックに切り出し、約60m上方の丘の上へ移築させることに成功したのです。

ラムセス2世の4体の巨像に圧倒される神殿は、高さ約33メートル、幅約38メートル、そして奥行が約63メートルという巨大な宮殿です。

さらに、この神殿の一番奥に、太陽神ラー・ホルアクティ、神格化されたラムセス2世、王の守護神アメン・ラー、そして宇宙の創造神プタハの4体の神像があります。
この場所は神殿の奥にあるにもかかわらず、年に2度、ラムセス2世の誕生日である2月22日と彼の治世30年の祝典の日10月22日、地平線から昇った朝日が神々を照らします。

先人の英知にただただ驚嘆するばかりです。

神殿正面にも4体のラムセス2世の像がありますね。
左から2番目の上半身部分が崩れています。移築の際に修復することもできたそうなのですが、あえて現状の通りに移築したそうです。

4体のラムセス2世の顔を比べると、全く同じ顔ではありません。
左から20代、40代、60代、80代のラムセス2世の顔だそうですが、比べてみましょう。

→左・20代 

中央左は崩れています。

→中央右・60代

→右・80代 

では、神殿を背にナセル湖から昇る朝日をご覧ください。

アブシンベル神殿と愛妻ネフェルタリのために築かれた小神殿が朝日に照らされています。

  

アブシンベルでは音と光のショーを毎晩開催しております。
ライトアップされたアブシンベル神殿と小神殿もご覧ください。

  

次回は、カイロの町をご紹介しましょう。                     (あ)


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皆様 こんにちは
日曜日はバレンタインデーでしたね。

女性の皆様は、大切な方々へチョコレートを贈られましたか?

私も、日頃の感謝を込めて、家族や同僚そして友人にチョコレートを贈りましたよ。
学生の頃、手作りチョコレートを好きな男の子に贈る友達を見ては、なんてロマンチックなのかしらと思っておりましたが、この、女性が好意を寄せる男性にチョコレートを贈り「好き」という気持ちを告白するという習慣は、日本独自だということをご存知でいらっしゃいますか?

西洋のバレンタインデーは日本と異なり、男女を問わず、恋人や親しい人にチョコレートだけではなく、カードやお菓子、または花を送りあいます。バレンタインデーの由来は、キリスト教の聖人、聖バレンティヌスに由来していると言われております。
彼は、当時禁止されていた兵士の結婚を執り行い、そのために2月14日に殉教したので、この日を「愛を語り合う日」としてお祝いし始めたということです。

さて、前回はルクソール東岸をご紹介しました。
生ける者の都である東岸は、国内最大の神殿があり、スフィンクス参道がありと当時の繁栄を3000年以上たった今でも感じることのできる場所でした。
では、死者の都・ネクロポリスはどんな様子でしょう?
早速、ルクソール西岸をご紹介します。

ルクソールと言えば、王家の谷が有名ですね。
王家の谷へ向かう道はよく舗装されています。

残念ながら、現在、王家の谷では写真の撮影が一切認められておりません。

ですから、皆様には現地で購入した絵葉書でその様子を紹介します。

王家の谷に一歩足を踏み入れた時の感想は、ここに道路がなかったら、ただの砂と石の丘陵地だなぁということでした。
こんなところに隠された歴代のファラオのお墓を、どのように発見したのか不思議です。

左上から下部にある、王墓の入口は、後世になって作られたものです。現在、わかっているだけでこの場所には64の墓があり、そのうち24が王墓だということです。

王墓には美しい壁画やレリーフが残っていますので、紹介しましょう。
ラムセス6世の墓の天井画として描かれた天空の女神・ヌト女神と「昼の書」「夜の書」のレリーフです。太陽の船に従って行進する神々の姿が描かれています。

セティ2世の墓に彫られたレリーフです。

ラムセス1世の墓の壁画です。

そして、王家の谷と言えば、ツタンカーメン。
ツタンカーメンのお墓の発掘の様子も、しっかり絵葉書になっておりました。

  

わずか7歳で結婚し、ファラオとなったツタンカーメンは17歳で亡くなってしまいます。
周りは敵ばかりという状況で、唯一心を許せることのできたのは王妃アンクエスエンアメンだけだったそうです。大勢の側室がいて当たり前という時代に、ツタンカーメンだけは王妃以外の女性を愛することはなかったそうですよ。

17歳で、その短い生涯をとげたツタンカーメンの王墓は1922年11月、ハワード・カーターによって発見されます。発見されたとき、この少年王の棺の上には、乾ききってからからになった矢車草の花束が置かれていたそうです。3000年以上の時を超えて、矢車草の花束が語るもの、それはやはり王妃の愛なのでしょうか。

では、ちょっとグロテスクかもしれませんが、ツタンカーメンにも登場していただきます。

現在も彼のミイラは、王墓の中に眠っております。

さて、ルクソール西岸のもう一つのハイライト、ハトシェプスト女王葬祭殿をご案内しましょう。

背後に断崖があり、ドラマティックな場所に建設された葬祭殿は、エジプトで最初に女王となったハトシェプストのものです。
彼女は、当時の王位継承の例外ともいれる形で強引に王になった女性ですが、彼女の治世において、エジプトで初めての貿易が行われたり、シナイ半島で金の採掘が行われたりと、平和で経済活動も活発だったと言われています。

当時の色遣いも、そのまま残っています。

神殿の入口には天空の神であるホルス神の像が立っています。

王家の谷をぬけると、メムノンの巨像と呼ばれるアメンヘテプ3世の像がそびえています。

高さ15メートルを超える巨像は紀元後27年の大地震によりヒビが入り、そのため夜明けに音を発するようになったそうで、「像が歌う」と、当時の皇帝たちがはるばるローマから見学に来たという記録も残っています。


さて、次回はルクソールを後にし、さらに南へ下りましょう。            (あ)


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皆様 こんにちは


先日のブログ「ふのり」の章をご覧いただけましたか?

私も一度、ふのり採りに参加したことがありますが、楽しいですね!
ふのりは岩の上3センチほど伸びているものを指先だけでつまんで採ります。1時間ほど採取するのですが、時間があっという間に過ぎてしまいます。そして、お宿ではふのりを使ったお夕食を頂戴します。
ふのりの味噌汁はもちろんですが、ふのり天ぷら、ふのりとイカの塩辛に大根おろしを加え、貝の上で焼く、ふのり貝焼きも美味しいですね。
皆様もぜひ一度、ふのり採りへ参加されてみてはいかがでしょうか?

今年はあと1回ツアーの設定がありまして、まだ空席がありますよ。

さて、本日、ルクソールの「スフィンクス参道」が再建されるというニュースがありました。
ルクソールにはカルナック神殿という神殿とルクソール神殿という2つの神殿があり、その2つはかつて「スフィンクス参道」という一直線の道でつながっていました。

今はこんな感じです。

「スフィンクス参道」とは、かつて1350体のスフィンクスが並んでいた2700メートルの道のことです。

この道を再建させようという地元の声により、その参道の上に建っていた家々を撤去・移転させ、3000年以上前に作られた道を復興させようとする一大事業です。
これらの事業に約10億円のお金をかけるそうですよ。完成したら、素晴らしいでしょうね。

ルクソールは東岸と西岸に分かれております。
東は生ける者の都「アクロポリス」、そして西は死者の都「ネクロポリス」と呼ばれていました。

今日は前者のカルナック神殿やルクソール神殿のある、東岸をご案内しましょう。

カイロからルクソールまでは670km。青森=東京間とほぼ同じ距離です。
でも、一番大きく違うのは雰囲気。
ルクソールはのんびりです。
北のカイロやアレクサンドリアは人も車も多く、渋滞もあって混沌としているのですが、南の方へ来るとこんな感じ。

神殿の入口もこんな感じ。倒れたスフィンクスか!と思いきや、寝坊すけのワンコ(もう、10時過ぎているのになぁ)。

では、カルナック神殿からご案内しましょう。
エジプト最大の神殿、それがカルナック神殿です。
カルナック神殿と一言でいいますが、実はこの神殿は複数の神殿複合体です。その中の一番大きなアメン大神殿は東京ドーム6.4個分の巨大な神殿です。

第1塔門を抜けると、第1中庭に出ます。

ラムセス2世の像の脇を通りますと、そこは大列柱室です。

  

134本の列柱の上部は花が咲いているような形、つまり開花式と呼ばれております。

ちなみに、この花はパピルスの花をかたどっているのですよ。
パピルスはよくエジプトで紙のように使われていましたが、これは和名でカミガヤツリと呼ばれる植物です。
私自身、日本でこの植物を見かけた事がないのですが、真っ直ぐなサトウキビで上の部分がススキの穂と想像いただけたらわかりやすいと思います。

中央通路に面している12本の列柱の高さは21メートル、他の列柱の高さは約13メートル。
美しいレリーフが残っています。

上部には3000年以上前のオリジナルの色が残っていました。

大列柱室を抜けると、2本のオベリスクが立っています。

ハトシェプスト女王のものとトトメス一世のものです。
左のオベリスクはハトシェプスト女王のお父様、トトメス一世のもので高さ21.8メートル。


右はハトシェプスト女王のオベリスクで高さ約30メートル、重さ380トン。
東大寺の大仏様とほぼ同じ重さです。

しかも、これをさらに南のアスワンからナイル川の氾濫時期に船で運んできたというのですから、驚きです。

神殿の建物から出たところに、フンコロガシの一種、スカラベの大石像が置かれています。

この像の周りを3回まわると願いが叶うとか...。皆、くるくる回っています。

さて、ルクソール神殿もご紹介しましょう。
この神殿は主にアメンヘテプ3世とラムセス2世の二人のファラオによって建造されました。
神殿の入口には1本のオベリスクが立っています。

高さ25メートルありますが、かつてこれは対になっていました。もう一本のオベリスクは1836年、フランスに贈られ、パリのコンコルド広場に立っています。

2体の座像はラムセス2世です。

座像の足元を横から見ると、二人の人物の間にレリーフがあるのが確認できますでしょうか?


下の部分がパピルス、上の部分は蓮になっています。
つまり、パピルスは下エジプト、蓮は上エジプトを表していますから、このファラオは上下エジプトの王であるという事を象徴しているわけです。

中に入るとツタンカーメン王と王妃の像が置かれています。

ツタンカーメンの戴冠式もこの神殿で行われたそうです。

さらに奥に進むと大列柱廊を通ります。

掃除の方たちものんびり。

この大列柱廊の壁にはさまざまなレリーフが彫られていますので、ご紹介しましょう。
「イナバウアー」と現地ガイドのゴマちゃんは呼んでいましたが、ダンスをする人たちの様子。

当時の農作物も彫られています。

神殿を出て、ちょっとナイル川を眺めてみましょう。

ナイル川

ホテルの私の部屋のベランダから撮ったルクソールの町の様子をご覧ください。

馬車が観光のお客様を乗せて走っています。

中央の塔はイスラム寺院の尖塔、ミナレットです。

イスラム教の人々は1日5回祈りを捧げます。
祈りの時間の前には、ミナレットにつけられたスピーカーから大音量のアザーンと呼ばれる「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」の呼びかけが町に響きます。

1回目の早朝のお祈りの時間、まだまだ外は真っ暗です。5時前だったような気がします...ですから、エジプトを旅行すると、早寝早起が自然と身についてしまいます。

次回は、ルクソール西岸をご紹介しましょう。                              (あ)


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皆様こんにちは

第17回布海苔採り体験ツアーが始まりました。
第1班は2月6日(土)~7日(日)。
今年はフノリ採りに、風間浦のもう一つの冬の味覚アンコウが加わりました。

まずはアンコウの見学。
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何と生きた泳ぐアンコウ!漁場が港のすぐ近くの風間浦でしかまず見れないそうです。

そして、アンコウ汁をいただきながら、この地域独特のさばき方「雪中切り」を見学。
雪の上だと、滑らずに鮮度を保ちながらさばけるそうです。
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そしてフノリ採りへ。
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この日は気温マイナス5度!
役場の方が火を焚いて、ホタテ焼を準備しているのですが・・・
目の前のフノリに夢中で、誰も上がってきません。
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そしてベコ餅作り体験もしました。今回は「つばき」をつくります。先生の指導を受けながら
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さあ、緊張の一瞬、ナイフ入刀です。
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お、なかなかの出来ですね。皆さん個性が出て面白いです。

WEB東奥ではツアーの様子を動画で見ることができます。ぜひご覧ください。
→動画はこちら

風間浦へ行ってみませんか?


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皆様こんにちは
外の気温はマイナス5℃。立春を過ぎたのになぁという天気の青森ですが、皆様はいかがお過ごしでいらっしゃいますか?
青森に住んでいると、春の訪れが本当に待ち遠しく感じますね。

さて、前回はエジプトのピラミッドをご紹介させていただきましたが、今日は地中海に面した街・アレキサンドリアの町をご紹介しましょう。
アレキサンドリアはマケドニア王国のアレキサンダー大王によって紀元前332年に建設された都市で、現在はエジプト第二の都市になっております。
では、アレキサンドリアへ向けて出発します。


と、その前に。
古代エジプトの「イケメン」ラムセス2世の巨像をご紹介しましょう。

ラムセス2世

どうです?この端正な御顔立ち。
頭にかぶっている冠は上下エジプトを治める者の冠である二重の冠となっています。
かつてエジプトは上エジプト(カミエジプト)と下エジプト(シモエジプト)に分かれておりました。上エジプトはナイル川の上流部分、つまりカイロからアスワン(南の方)までを指し、下エジプトとはナイル川の下流部分、つまりカイロからアレキサンドリアまでを指していました。それぞれ異なる文化が発展した後に統一されたため、古代エジプトでは王の称号の中に、上下エジプト王という名称が残ったそうです。

紀元前1270年ごろ即位し、67年間在位する「最も偉大なファラオ」と呼ばれる王がこのラムセス2世です。アブシンベル神殿を作ったのも彼なのですよ。
これから、エジプトをご紹介しますとラムセス2世の名前が上がってくると思いますよ。

では改めて、アレキサンドリアへ向けて出発します。
ギザから高速道路を通ります。

アレキサンドリアの町の中へ入ってきました。

まず、ポンペイの柱を見学します。

3世紀にローマの皇帝が建て、かつては400本もあったといわれる柱の最後の1本です。
ローマの時代に迫害を受けたキリスト教が、宗教として認められ、ローマの国教となる時、これら残りの柱を破壊しました。

  

高さ約27メートル、柱の前には1対のスフィンクスが置かれています。

次に訪れたのはカイトベイ要塞です。

ここはもともと、紀元前280年頃、ファロス島に建てられた巨大な灯台があった場所です。
当時の灯台は、大理石の三層構造で、全体の高さは120mあったと伝えられています。
そして30km先の沖合から、この灯台の明かりを確認することができたそうです。
しかし、度重なる地震などで損壊し、灯台はその機能を失うのですが、マムルーク朝に支配されていた15世紀ごろ、権力者であったカイトベイが、その灯台に使用された石材を再利用し建設されたのが、この要塞なのです。

内部にはモスクもありました。

  

要塞という割には、とてもエレガントな建物です。

窓から見える地中海の青が眩しいですね。

新国立アレキサンドリア博物館にも行きました。

海が近いせいか、海底から発見された遺物も展示されていました。

  

  

次回はルクソールをご紹介しましょう。

                                                           (あ)


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皆様 こんにちは
東京でも積雪があったという報道がありましたが、皆様、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
長らくブログの更新ができずにおりましたこと、申し訳ございませんでした。
私たち観光部員にとって1月は「熟考」の時期に当たります。
東奥日報社観光部では毎年「年間パンフレット」を作成しているのですが、その作成時期に当たりますのが1月なのです。

やっと出来上がりました!

この作業が終わりますと、ちょっと息がつける訳です...ほっ。

さて、今日からは、12月にご案内させていただきました、エジプトの様子をご紹介したいと思います。
ナビゲーターはギリシャ・南イタリアの旅を紹介させていただきました小豆畑です。

エジプト!といえば、昨年、県立美術館で開催されました「吉村作治の新発見!エジプト展」に足を運ばれた方も多かったと存じます。
そちらをご覧いただいてエジプトに更なる興味をもたれた方もいらっしゃるかもしれません。

これから、写真と紀行文で昨年の12月14日出発のエジプト周遊ハイライトを添乗させていただいた時の様子をご紹介します。

が、その前に。
皆様、エジプトの歴史の流れをご存じですか?
エジプトを実際に訪れて、素晴らしい建築物などを見ながら、歴史の説明をガイドから受けるのですが、歴史が長過ぎて、頭の中が混乱しそう!という声がよく聞こえてきます。

エジプトの歴史は紀元前3000年頃から始まります。時代も、初期王朝時代、古王国時代、第一中間期など時代区分だけでもクレオパトラの時代までで9つ、王朝は30を数え、首都も何度も変わっています。

ですから、ややこしいのも当然でして、先ほどのような悲鳴が聞こえるのも仕方ないのです。
ここで、私が添乗先で作った「エジプト早わかり」をご紹介します。

左の年表の右端に番号をふっていますが、これは地図上の番号と一致しています。

画像の上で左クリック  ←画像の上で左クリック!

「ねぇねぇ、これを作ったの」と現地ガイドのゴマちゃん(本名はエマードと言います)に見せたところ、「アズハタサ~ン、絵が下手ねぇ、はっはははっ」と大笑いされた芸術的センスの全くない年表と地図なのですが、何かの参考にしてくださいね。


ではまず、三大ピラミッドからご紹介しましょう。

親子三代のピラミッドだから、おじいちゃんのピラミッド(クフ王のピラミッド)が一番大きくて、お父さんのピラミッド(カフラー王のピラミッド)はおじいちゃんのモノより、ちょっと小さくて、息子のピラミッド(メンカウラー王)はお父さんのモノよりさらに小さいんです。左から、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の順に並んでいます。

建造からすでに4500年も経っているのに、ほとんど崩れていません。

カフラー王のピラミッドをアップで見てみましょう。

上の部分がツルッとしてますでしょう?

これは化粧石というそうで石灰岩を使用していましたが、崩れ落ちたり、モスク建築のために用いられたりして、現在ではカフラー王のピラミッドにしか見ることができません。

ここで面白い例があります。

第一ピラミッドのクフ王のピラミッドの重さは600万トンだそうです。
ピンときませんが、もし、私たち日本人の体重が一律50キロだとすると、人口約1億2千万の日本人全員=ピラミッド1個の重さということになるんです。
クフ王のピラミッドの基礎部分の4角形の一辺は230メートル、オリジナルの高さは146メートル、重さは日本の総人口の重さとほぼ一緒。

そんな風に考えると、ピラミッドがいかに驚異的な建築物であるかがわかります。

 ピラミッドもちょっとした休憩場所ですね。

遠くから見るときれいな四角錐で、砂の上に浮かび上がる姿は幻想的でもあるのですが、ちょっとそばに寄ってみますと、ぼこぼこの階段状の建物なのです。

平均1立方メートルの石が201段積み上げられています

かつては、奴隷たちがこの建物を作ったという説がありましたが、現在は、農閑期の農民たちがアルバイトのように、ピラミッド作りという日雇い仕事に携わったという説が有力なようです。

ところで、ピラミッドにはかつてさまざまな建物が付随していました。これを、ピラミッド複合体またはピラミッド・コンプレックスと呼んでいます。
この複合体の主な建物には、ピラミッド(ファラオのお墓)と葬祭殿(亡くなったファラオの再生と復活を祈る神殿)そして、葬祭殿から延びる参道と入口の神殿。
その一つがスフィンクスです。

このスフィンクスもカフラー王のピラミッドを守るために作られたと考えられています。顔はカフラー王に似せて作ったという説もあるそうです。

スフィンクスの後ろ姿もどうぞ。

ピラミッドとスフィンクスを一度に見ることのできるビューポイントは、人で溢れていました。

ラクダも大忙しで、一度はラクダにのってみたいという方々のためにアルバイトをしていました。

ピラミッドにもいろいろな種類があります。

ダハシュールの屈折ピラミッド。
クフ王のお父さん、スネフェル王のピラミッドです。

サッカラの階段ピラミッド。
こちらは屈折ピラミッドよりさらに古いもので、ジェゼル王のピラミッドです。

ピラミッドの前に立つと、4500年前の古代エジプト人たちの技術と汗の結晶に畏敬の念でいっぱいになります。

次回は地中海に面した街・アレキサンドリアをご紹介しましょう。 


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皆様こんにちは

連日の雪で雪かきにお疲れではないでしょうか?
この寒さが津軽海峡ではふのりをおいしくさせております。

すっかり冬のツアーとして定着しているふのり採り体験ツアーですが、
17回目を迎え、ますますパワーアップして魅力満載のツアーになりました。

→詳細はこちら
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実は青森県は鮟鱇の水揚量が全国トップクラス。風間浦村は県内で2位を誇っています。
一般の底引き網漁ではなく、刺し網漁しかもエサを付けない空釣りが行われています。
そのため、鮮度が高い鮟鱇を水揚げできるのです。

今が旬の鮟鱇(あんこう)

雪の上でさばく 雪中切り見学をします。
もしかしたら泳ぐ鮟鱇を見れるかも・・・
IMG_5624.JPG←泳ぐ鮟鱇(ふのりではありません)


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謹んで新春のお慶びを申し上げます。

善知鳥神社は初詣で大賑わいです。
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観光部は本日(1月4日)から営業開始です。
今年も昨年同様変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。


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年末年始休みのお知らせ

皆様こんにちは
とうおう旅くらぶをご覧いただきありがとうございます。

年末年始のお休みは以下の通りになります。

  12月29日(火)~1月3日(日)




さて、当社観光部は9月に移転して営業しております。
→地図はこちら

観光部の裏は善知鳥神社で、街なかとは思えない景色が広がります。

事務所から見える景色(22日昼)
表はこんな感じなのですが、
IMG_1267.JPG

裏は
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季節を感じるにはもってこいの場所です。
(ただし、虫にも居心地が良いようです。)

雪を見ながら、現在来年の企画を作成中です。


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