東奥日報社のご案内


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会社概要

[創 刊] 明治21年(1888)12月6日
[代表者] 代表取締役社長 塩越 隆雄
[資本金] 1億8千万円
[従業員] 300人
[業務内容] 日刊新聞発行(朝夕刊完全セットで25万部)、出版、各種文化事業、ニューメディア関連事業
[事業所]
本社
 〒030-0180
 青森市第二問屋町3丁目1番89号
読者相談室TEL 017-739-1500
社会部TEL 017-739-1171
政経部TEL 017-739-1198
生活文化部TEL 017-739-1166
デジタル企画部TEL 017-739-1130
広告局管理部TEL 017-739-1184
広告局営業部TEL 017-739-1181
折込サービスセンターTEL 017-739-9940
販売部TEL 017-739-1127
読者部TEL 017-739-1106
事業部TEL 017-739-1249
出版部TEL 017-739-1539
総務部TEL 017-739-1107
人事部TEL 017-739-1943
弘前支社
 〒036-8207
 弘前市上白銀町3-4
TEL 0172-34-5151
八戸支社
 〒039-1114
 八戸市北白山台5丁目2-5
TEL 0178-70-2222
五所川原支局
 〒037-0071
 五所川原市本町50-4
TEL 0173-35-3543
五所川原支局板柳通信部
 
TEL 0172-72-1112
つがる支局
 〒038-3135
 つがる市木造有楽町27
TEL 0173-42-3130
黒石支局
 〒036-0352
 黒石市甲大工町8
TEL 0172-52-2351
黒石支局平川通信部
 
TEL 0172-44-8029
鰺ヶ沢支局
 〒038-2753
 西郡鰺ヶ沢町本町78
TEL 0173-72-2058
十和田支局
 〒034-0082
 十和田市西二番町7-2
TEL 0176-23-2324
むつ支局
 〒035-0071
 むつ市小川町2丁目7-17
TEL 0175-22-1296
三沢支局
 〒033-0011
 三沢市幸町1丁目3-24
TEL 0176-53-3031
三沢支局おいらせ通信部
 
TEL 0178-56-2425
野辺地支局
 〒039-3131
 上北郡野辺地町野辺地369
TEL 0175-64-2156
三戸支局
 〒039-0132
 三戸郡三戸町在府小路町4
TEL 0179-22-1128
五戸支局
 〒039-1515
 三戸郡五戸町熊ノ沢頭6-20
TEL 0178-62-5300
東京支社
 〒104-0061
 東京都中央区銀座7丁目10-6
 (アスク銀座ビル3階)
TEL 03-3573-0701
大阪支社
 〒530-0001
 大阪市北区梅田1丁目2-2-1400
 (大阪駅前第2ビル14階1-1)
TEL 06-6343-2366
仙台支社
 〒980-0811
 仙台市青葉区一番町1丁目1-31
 (山口ビル6階)
TEL 022-222-7718


本社小史

明治 10年
(1877)
3月   「北斗新聞」発刊(翌年8月100号で廃刊)
12年 3月 6日 「青森新聞」発刊。16年廃刊
16年     「青森新報」発刊。翌年廃刊
17年 9月 1日 「秋田青森函館新聞」発刊。翌10月廃刊
21年 12月 6日 11月22日青森寺町61番戸に資本金6,000円で株式会社東奥日報社を設立。12月6日「東奥日報」発刊。社長兼発行人菊池九郎(弘前)印刷人小笠原宇八(青森)編集人関春茂(八戸)。 「東奥日報」創刊号
「東奥日報」創刊号
22年 5月 1日 菊池九郎社長の弘前市長就任に伴い2代社長に工藤行幹就任
23年 1月   株式会社を解散、菊池九郎、榊喜洋芽、蒲田広を結社人とする個人経営とし、3代社長に蒲田広就任
7月 14日 長島3-2に東奥印刷所落成、東奥日報社も移転
29年 1月   大判4ページ建てとし、現在の題字制定
35年 2月 28日 4代社長に武田邦雄就任
37年 6月 7日 日露戦争の戦況速報のため2版制を採用
41年 2月 17日 祭日を除く年中無休刊制実施
43年 5月 3日 青森市の大火で本社類焼、3日間休刊
  明治時代の社屋
青森市大火災後に建てられた本社社屋
大正 元年
(1912)
12月 17日 7,000号発行を記念して東北地方で2番目の石川式輪転機導入
8年 9月 6日 資本金3万円で株式会社東奥日報社を設立。社長武田邦雄
9年 1月 1日 完全無休刊制実施
9月 13日 紙齢1万号に達す
10年 5月 1日 朝刊4ページ、夕刊2ページの朝夕刊制に
15年 1月 21日 5代社長に山田金次郎就任
昭和 3年
(1928)
10月   御大典および創刊40周年を記念して「東奥年鑑」「青森県総覧」発行
  東奥年鑑
「東奥年鑑」(1929年度版)創刊号
4年 2月   「サンデー東奥」発行
8年 7月 1日 3版制実施
14年 2月   「月刊東奥」発行
16年 12月 22日 八戸合同、弘前新聞、青森日報、東北タイムスの県内日刊紙を東奥日報に統合
19年 3月 6日 夕刊廃止
20年 4月 1日 戦時非常措置で読売報知、毎日新聞、朝日新聞3紙の題字を併記
7月 28日 青森市が空襲され本社も全焼。秋田魁新報、岩手日報、河北新報3社への委託印刷で発行を継続。10月29日から自社印刷
  輪転機
焼けて残骸をさらすマリノニー輪転機
21年 3月 24日 6代社長に工藤規就任
12月 6日 工藤哲郎、代表取締役に就任
23年 2月 10日 紙齢2万号(60周年)を記念して「東奥賞」を制定
 
東奥賞 東奥賞の第一回贈呈式(昭和23年)
左上は同受賞者。
左から豊島在寛、田中稔、山本護太郎の各氏
10月   木造2階の社屋完成
25年 2月 11日 「日刊青森」の題字で夕刊復活。21日から「夕刊東奥」と改題。6月9日から東奥日報夕刊となる
26年 12月 10日 写真電送開始
15日 7代社長に工藤哲郎就任
30年 8月 25日 超高速輪転機新設
31年 5月 2日 超短波無線新設
35年 10月 8日 漢字テレタイプ稼働
36年 11月 21日 楠美隆之進、代表取締役に就任
12月 1日 全自動モノタイプ2台稼働
38年 10月 20日 企画連載「国有林を見直そう」が新聞協会賞(編集部門)受賞
39年 5月 2日 8代社長に楠美隆之進就任
6月 24日 地下1階、地上5階の社屋完成
9月   FA13型高速輪転機を増設。3台連結に
44年 11月 8日 本社新館落成。超高速輪転機3台を導入。既設1台と合わせ4台連結
50年 8月 1日 紙齢3万号に達す
52年 6月 30日 発行部数20万部突破
11月 1日 楠美隆之進社長が代表取締役会長に、山本省一副社長も代表取締役に
53年 8月 29日 9代社長に山本省一就任
54年 11月 10日 10代社長に楠美鐵二就任
12月 1日 発行部数22万部突破
55年 4月 1日 夕刊オール8ページ
56年 2月 23日 電算自動写植機1台、漢字入力キーボード7台、手動写植機1台設置
 
文選 見出し用の活字を文選する製作部員。
現在はコンピューター制作となり、活字は姿を消した
58年 11月 9日 11代社長に松岡孝一就任
60年 1月 4日 発行部数24万部突破
62年 5月 16日 長期連載「考えよう 土づくり」が第2回農業ジャーナリスト賞を受賞
9月 18日 発行部数25万部突破
21日 編集製作センター完成
24日 朝夕刊ともオフセット輪転機で印刷
10月 12日 カラー印刷開始
63年 4月 1日 朝刊16ページに
8月 6日 創刊100周年記念祝賀会を開催
11月   資本金1億8千万円に増資
平成 元年 7月 4日 企画連載「超高齢社会がやってくる」が第8回アップジョン医学記事賞特別賞を受賞
11月 10日 12代社長に岩渕義弘就任
4年 1月 1日 拡大文字使用開始(N字12字詰め)
3月 25日 ホストコンピューター始動
5年 3月 29日 全紙面がCTSⅡ「フォレスト21」に移行
11月 20日 編集制作センター西隣りに地下1階、地上8階の本社ビル完成
22日 青森市八ツ役上林78(現・青森市第二問屋町3丁目1番89号)に本社移転
  現社屋
青森市第二問屋町の現本社ビル
6年 3月 17日 取材網のワープロ入力、オンライン送信完了
7年 10月 1日 発行部数26万部突破
8年 10月 29日 本社主催の県文芸大会が50回の節目を迎え記念式典
9年 10月 6日 13代社長に佐々木高雄就任
10年 5月 1日 創刊110周年記念祝賀会開催
11年 8月 23日 初のこども新聞「東奥こども新聞」発行
11月 11日 本社ホームページ「ウェブ東奥」開設
12年 8月 11日 (~9月10日)「秦の始皇帝と兵馬俑展」開催。入場者は期間中9万1千
12月 8日 連載「解かれた核の封印」が「第6回平和・共同ジャーナリスト基金賞」で基金賞受賞
13年 1月 1日 新輪転機にスーパーパノラマシステム(SPS)を搭載し世界で初めて4頁連版観音開きの超ワイド紙面を実用化
3月 13日 基本文字を拡大(L字11字詰め)
4月 27日 新印刷工場竣工
7月 7日 「興隆溝遺跡」日中共同調査開始
14年 11月 18日 新八戸支社ビル竣工、多目的ホール「東奥はちのへホール」も併設
15年 1月 15日 紙齢4万号を達成
10月 11日 「興隆溝遺跡」日中共同研究、北京で国際フォーラム
16年 4月 12日 八戸市、同教委と共催の「是川ジャパンロード(漆の道)」事業が始動
5月 18日 中国・大連日報社と「友好社提携」
11月 24日 新組版システムが稼動
17年 4月 1日 朝・夕刊の紙面を刷新、夕刊の題字を横書きブルーの新書体に
11月 4日 14代社長に塩越隆雄就任
18年 3月 10日 フィルム用機材を撤去、フィルム写真の歴史にピリオド
9月 25日 新編集制作システムが完成
11月   季刊フリーペーパー「クラシコ」創刊
19年 3月 29日 「東奥スポーツ賞」創設
4月 1日 板柳、おいらせ、平川の3通信部開設
10月 16日 「動く新聞 聞こえる新聞」が新聞協会賞(経営・業務部門)受賞
20年 1月 16日 「東奥ウェブ読者くらぶ」スタート
3月 17日 E字に文字拡大
10月 1日 「東奥日報電子版」スタート
21年 2月 1日 みんなでつくる総合情報サイト「TOOナビ」開設
11月 1日 10チャンネルの「東奥NETテレビ(TNT)」開設
22年 10月 1日 「東奥日報印刷センター」設立
23年 1月 25日 「東奥文学賞」創設
6月 5日 東奥小中学生新聞「週刊JuniJuni」創刊
11日 土曜夕刊を休刊
24年 10月 28日 新統合データベース稼動
25年 6月 1日 東奥日報折込サービスセンター竣工
7月 1日 共同通信社の新聞制作共有システムによる新聞制作を開始
26年 1月 15日 東奥日報文化財団を設立
2月 5日 新輪転機HAYABUSA1号機が始動、10月には2号機も始動
6月 10日 東奥日報タブスマ(モバイル用電子版)がスタート
10月 20日 朝・夕刊の紙面12段化。文字はV字に拡大
27年 7月 6日 新輪転機HAYABUSA3号機が始動、本社初の3セット体制に
9月 16日 「あすを生きる『福寿あおもり』目指して」が第34回ファイザー医学記事大賞受賞
10月 21日 韓国・漢拏日報と友好交流協約締結