| 2001年1月29日(月) | ![]() |
第4号 |
さんすうのことでこまっています。 まえからあたまがいいといわれていた子にひきざんをまちがえるたびに二学きはへたといわれました。 たいいくもいやでした。 けるれんしゅうでボールをとりにいくと、いつもみんなとおくにけってわらいました。 そのことで、たいいくがきらいになりました。 学校ではいやなことがまい日ありました。 (青森市の小学一年生)
わたしは、本を読むのが大好きです。 特に、原ゆたかさん作・絵の「かいけつゾロシリーズ」は、読んでいて楽しいので、気に入ってます。低学年が読む本なので、四年生のわたしが読むのはちょっとはずかしいのですが、一、二年生のころから気に入った本なので、手ばなせません。 わたしは、読んでいるうちに、原ゆたかさんに会ってみたくなりました。どうしてこんなにゆかいな絵をかいたり、大笑いをしたくなるようなおもしろい文を書いたりできるのか、インタビューをしてみたいと思っています。そして、あく手をしたいなぁと思います。 でも、実現することはむずかしいかもしれませんね。 もし、マンガ家や作家の方が青森に来たらその時は、いろいろ手伝って、会を成こうさせたいなぁと思っています。 (十和田市南小四年・木村咲子)
冬は、外の雪で遊ぶものということで私は、今年からSSCというスキークラブが楽しそうなので入りました。出席しているうちに、友人もでき、スキークラブのある日が、楽しみになりました。 モヤヒルズでは、リフトやキッズロープなどもあり、それは、とても良い設備になったと思います。 ただ一つふべんに思うことがあります。私と同じメンバーの人たちも言うのですが、回数券の色、絵が似ているため、まちがえて切られてしまいます。 そこで、アイデアがあります。券の色、絵を変えてみると、はっきりと券の区別ができると思います。 また、キップを切る係の方は、寒い中、大変だと思いますが、頑張ってください。 (青森市幸畑小五年・小泉猛)
ぼくは家でクリスマス大会をやりました。お父さんとお母さんもいっしょです。 でもクリスマス大会のじゅんびは、たいへんでした。ケーキはいちごたっぷりのケーキを作りました。 ぼくが考えて作ったのはてっぽうです。てっぽうは、トイレットペーパーのしんに、あなをあけて、わりばしを通してわゴムでとめてできあがり。玉はアルミホイルで作った玉です。三、四メートルはとびます。そして、てっぽうでしょうひんをねらうことにきめました。 でんでんだいこはテープのしんと糸五メートルぐらいの糸とテープと画用紙で作りました。 そのほかトイレットペーパーのロボットやポケモンのちょきんばこなどをしょうひんにしました。 一回十円でいっぱいお金がたまりました。 お金がたまってとってもうれしかったです。 お正月もやりたいです。 (大鰐町大鰐小二年・やなぎだて まさき)
一月一日にはがきがいっぱいきました。 わたしにもはがきが五まいか、六まいきていました。 せいりしているとおかあさんが、 「はい、なつのぶん。あれ、だれからだろう」 といいました。 うらを見ると、お母さん、お父さんの字で書かれていました。「あと三日で五カ月になるよ。もうとっくにねがえりもできるし…」などと、書かれていたのでした。 びっくりしました。 お父さん、お母さんが、八年前の0歳のわたしにむかって書いているのです。八年後の一月一日にとどいたのです。 タイムカプセルみたいだと思いました。 お父さん、お母さんがよろこんでくれたし、わたしも手紙がきてびっくりしたので、とってもうれしかったです。 (青森市浜田小二年・ささき なつ)
お正月のある日、近くに住んでいる親せきのおばあちゃんが、屋根からせり出している雪やつららを落とそうとして、落ちてきた氷のかたまりで、ひたいにけがをしました。 病院から帰って来たおばあちゃんは、かた目を閉じたままでいたそうでした。 ぼくは、冬休みになってからほとんど毎朝雪かきをしています。ブルドーザーが通りすぎた後の雪は、とても固く重いので大変です。 ひとりぐらしのお年よりが、雪かきをしたり、屋根の雪おろしをするのは、とてもあぶないと思います。 長い冬の間、お年よりが安心して生活できるようにはやくなればいいと思います。 (弘前市付属小三年・藤田朋之)
ぼくの夢は、光星学院高校に入り、甲子園に行って優勝して、ドラフト一位で巨人に入団して活やくすることです。そして、ピッチャーの速い球をスタンドに運ぶことです。 それから、ホームランを千本くらい打ち、盗塁を、かたのいいキャッチャーから五十回ぐらいすることです。プロに行くには、たくさんの練習をしなければいけません。 でも、そのきびしい練習をすれば、りっぱな野球選手になれると思います。 十年後のぼくは、巨人の四番として活やくして有名になっていることでしょう。みなさん、ぼくの名前を覚えていてください。 (三沢市上久保小四年・高橋一允)
わたしの住んでいる所には、たくさんの雪がふります。朝早くに、お父さんが雪かきをして、夕方は、お母さんが雪かきです。それを見ていて、大へんだなあと思います。 それに、つもった雪で道路がせまくなったり、すべりやすくなったりして、あぶないです。冬の間、自転車にも乗れません。だから、雪がふると、ふべんなこともあります。 でも、にわにつもった雪でかまくら作りや、そり遊び、雪がっせんなどで遊ぶことができます。それに、雪がたくさんふるおかげでおいしい水が飲めます。空気がきれいになったような気がします。 だから雪のふる冬は大すきです。 わたしは、ずっと青森に住みたいです。 (青森市大野小三年・相坂知里)
いつも新聞を読ませていただいております。小学六年生です。 年に二回発行されている「東奥こども新聞」の記者を一度やりましたが、一度にまとめて出すよりも、少しずつ、一ページずつでもいいので、毎日の新聞に子供のコーナーというのをもうけてほしいのです。 なぜなら、最近、新聞を見ていて思うのですが、子供が読めるページが少なすぎるのではないでしょうか。 子供たちの活字ばなれがさわがれているのに、なぜ作ってくれないのでしょうか。このままだと子供たちは、新聞を全く読まなくなります。ということは、活字ばなれが悪化するということです。 子供が学校に行くまえに、頭のエンジンをかけるために朝刊を読むとか、学校から帰ってから夕刊を読むとか、このようなことができるようにしたら、新聞というものが、もっともっと楽しい読み物になっていくのではないでしょうか。 (弘前市第三大成小六年・岩川光)
ぼくは、野辺地町のわかば小学校の四年生です。四年生の勉強でそうごうの学習をしています。その、そうごうの学習でみんなきょう土料理を作りました。ぼくは、小カブのつけものを作りました。六月から十二月までやりました。十二月十六日に発表会をしました。みんながおいしいといってくれたからうれしかったです。こんどは家の人にも食べさせてあげたいです。 冬にがんばりたいことは、スキーです。ぼくは、三年生のとき十八位(二十八人中)だったからこんどは十位にはいりたいです。 つぎに、部活をがんばりいです。ぼくは、野球部です。野球の練習で打てないから打てるようになりたいです。 そして、ぼくが友だちと遊ぶときは、外で遊ぶ日が多いです。たまにけがをしたりします。外で遊ぶときは、野球やサッカーをやります。 これからも友だちと仲よくすごし勉強をがんばります。 (野辺地町若葉小四年・島田純平)
私は、最近テレビでよく見る未成年の殺人について、疑問に思いました。どうして人が人を殺すのだろう。どうして、殺さなければならないのだろう、といつも思います。 特に最近では、高校生ぐらいの人の殺人事件が目立っていると思います。普通は、人などを殺してみたい人はいないと思います。いくら恨んでいても、そう簡単に人を殺すことはできないと思います。だけど殺人を起こす人たちのように「殺してみたかった」などという考え方は、絶対に変だと思います。 よく世間では、テレビゲームや、いじめなどが原因の一つではないかと言われていますが、私は友達との会話や遊びなどが少なくなってきて、相手の立場に立って考えること、人を思いやることができなくなってきたのだと思います。 私は、この世の中に少しでも殺人がなくなればいいと思います。 (中里町中里小六年・三浦麻理恵)
私のお母さんは水産加工センターで働いています。水産加工センターでは八時間働いて、家に帰ってきても家事などをして働いて、すごくつかれているはずなのに文句の一つも言わないで、お母さんは本当に「すごいなー」と思います。 私が保育園のときにお兄ちゃんや、お姉ちゃんとけんかして泣いているときに、お母さんになぐさめてもらったこともありました。 宿題でわからないところを教えてもらったりもしました。 お母さん。今まで文句一つ言わずに、いろいろなことをしてくれて、本当にありがとう。私も少しでも迷惑をかけないように努力するから、これからもよろしくね。 (脇野沢村脇野沢小六年・佐々木杏理)
今、新聞やテレビを見ると、毎日のようにどこかで事件が起きています。 悲しいことやつらいこと、本当に大変なできごとばかりです。自分と同じ小学生のことがニュースに流れるとびっくりしてしまいます。 だから二十一世紀は悪いことがなくなるような時代になってほしいです。 それと戦争もなくなってほしいです。 つまらないことで戦争になったらそれにまきこまれる人たちがあまりにもかわいそうだからです。 今、こうしているときにも世界のどこかでは、争いごとが起きているのでしょうか。 新しい世紀は、明るいニュースがたくさんあるような毎日になってほしいです。 (中里町中里小四年・松島菜見)
ぼくの学校では、五年生に一度、えんじゅの里や、かっこうの館というお年寄りのいる所へ行って、おじいちゃん、おばあちゃんたちとお話をしたり、ゲームをして遊んだり、食事の手伝いをしてお年寄りたちとふれ合います。 お年寄りの人たちは、ぼくたちが行くとめいわくなんじゃないか、と思っていたけど、とてもよろこんでくれました。しわしわの顔を、くしゃくしゃにして、笑ってくれました。 こういう所で働いている人たちもとてもやさしい顔をしているのに気づきました。 だき上げたり手を引いたりと、とても力仕事で大変だと思いました。でもすごくやりがいのある仕事だと思います。 お年寄りの人たちは、とてもよろこんでいるからです。ぼくは大人になったら、お年寄りをだっこして、あったかいおふろに入れてやりたいと思います。 それまでに、力もちにならなければいけないなぁ、と思いました。 (木造町向陽小五年・粕谷文人)
一月五日、それが、私とリツクの出会いの日でした。 「ほしい、ほしい、ぜったいほしい!」 始まりは、妹のわがままからでした。一月五日の午後、私と、お母さんと、妹の三人は、サンワドーのハムスターコーナーにいました。 「やっぱり、ジャガリアンだよねー」 「じゃあ、決定ね!」 (やったぁ。ついにハムスターが家に来るんだ!うれしいなあ) それから、家へ帰って、ハムスターの名前は、リックにしました。よびやすくて、いい名前だと私は思いました。 しばらくして、リックと遊んでいると、いきなり五回もかまれました。 でも、今ではリックと私は、一番の友達です。リック、これからも仲良くしてね。 (五所川原市長橋小四年・小田桐佳奈) ◇ 子供たちが今、どんなことを考え、どんなことに感動しているのか、あるいは、どんなことに疑問を感じているのでしょうか。東奥こども新聞編集部では、県内の小学一−六年生に「子供の声」の投稿を呼びかけました。こうして集まった「声」を掲載してみました。子供たちの生の声をお伝えすべきだ、と考え、原文のまま掲載しました。 |