2000年8月28日(月) 東奥こども新聞第3号 特集




■ 本県選出の2大臣に聞く

 第二次森内閣で、衆院本県選出の津島雄二氏が厚生大臣に、大島理森氏が文部大臣・科学技術庁長官に就任した。本県からの一内閣二人入閣は五十三年ぶりのことだ。東奥こども新聞の記者は、この二人の大臣にインタビューした。中村友利恵さん(八戸市白山台小六年)と神代千寿子さん(同五年)は、文部省の「子どもと話そうキャンペーン」の一環として同省に招かれ、「2000年こども国会」を傍聴したあと、大臣室で大島大臣を取材した。また八戸宏文君(青森市沖館小六年)と太田美奈子さん(青森市戸山西小五年)は、青森市のホテル青森に津島大臣をたずね、取材した。両大臣とも、こども記者の質問に対し、ていねいに分かりやすく自分の考えを述べた。


■ 「総合的学習」を重視 − 大島文相

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大島理森文部大臣を取材する中村友利恵記者(中)と神代千寿子記者(右)=8月3日、文部省大臣室で
【八戸市白山台小六年・中村友利恵】

−青少年の犯罪が多く、また、いじめや不登校が大きな問題になっていますが、どう考えますか
大島大臣「子供たちばかりでなく大人も、人が人を思いやる気持ちや、生きることを大事にする気持ちをみんなで考える。悪いことをしているな、と思ったら、みんなで勇気を持って注意する。人間は同じなんだ、差別しちゃいけない、という気持ちを持つことが必要だと思います」

 「仕事でお父さんやお母さんがつかれて家に帰るのはよく分かりますが、子供たちはなやんでいるのかもしれない。親が子供の思いを聞いてあげられればいい。そしてそのとき、一緒になやんだらいいと思います。いじめや犯罪は、その子供が悪いからだけではないと思う。学校、家庭、地域が一体となって努力するのがいいと思います。そして、みんなに言いたい。世の中は必ずしも自分の言う通りにはならない、がまんしなきゃならないこともある、ということを」

−理想の教育は、どんな教育ですか
 「やってよいことと悪いことの考えを身に付けたうえで、絵や体育、英語など自分たちがやりたいと思うことを思いっきりできる環境をつくることだと思います」

−学校の先生になるにはどうすればいいでしょう
 「先生になりたいと思った気持ちを大事にし、分かりやすく優しく厳しく、人間としてそんけいされるような人になるのも大切なんじゃないか、思います」

−大島大臣は、なぜ文部大臣になれたのでしょうか
 「大臣を決めるのは、内閣総理大臣です。私は今まで、与えられた仕事は、どういう仕事でも一生けんめいやってきました。ということを、わかってくれたのかなあ、と思います」



【八戸市白山台小五年・神代千寿子】

−文部大臣として、どんな仕事が一番大変ですか
大島大臣「子供がなやんで自殺したり、親をなぐったりする事件があると、何が原因だろうか、と一番心がいたみます。また、国会で答弁するために、いろいろな勉強をしなければなりません。文部省には教育、スポーツ、文化など幅広い仕事があり、勉強しなければならないことが多いのです。また、大臣として、言葉の責任の重さを感じています」

−二十一世紀はコンピューター教育の時代と言われますが、これからの学校生活では、コンピューターはどのように使われていくのでしょうか
 「来年中には、全部インターネットにつなげようと思っています。そのために、まず施設を充実させることに力を入れていきたいと思います。これから五年かけて、まずは全小学校に四十二台のコンピューターを置きさらにそれ以外に、各教室にも二台ずつ設置したいと思います」

 「コンピューターの世界は、どんどん広がっています。知識を学ぶ、世界中からの情報を得る、自分の意見を世界中に送る、いろいろな映像をつくる−などさまざまな使い方があります。しかし、現実とコンピューターの世界とを、きちんと区別できないと危険です。コンピューターに接し、使いこなせるようになってほしい、と思います」

−これからは、外国の人と話す機会が多くなると思います。学校でも外国人が英語を教えてくれると、とてもよいと思いますが、どうでしょうか
 「英語は、ますます世界の共通語になっていくでしょう。これからの英語教育は、受験のための英語ではなく、英会話ができるような教育を研究して考えていかなければならないと思っています。小学校全部に、外国の先生を置くのはむずかしいですが、小学生から英語を学びたいという子どもには、そういう機会をつくれるようにしたいと思っています」

−二年後に学校教育が変わるとニュースで見ました。どのように変わるのでしょうか
 「自分の好きなこと、やりたいことをどんどんできる教育に変えていこう、と思っています。総合的学習という授業を一週間に三時間設けて、自分のやりたいことをのばすことができる時間にします。決められた教科の時間は少しへります。何でも自分の思い通りになる、と考えるのではなく、自分の意見も主張し、他の人の意見も聞き大事にする努力をしてほしい、と思います」

   ◇

 「どんな仕事でも世の中に無だな仕事はない。夢を持って目標に向かって行ってほしいく」と話してくださった大島大臣の言葉が印象的だった。



■ 国民の生活基盤守る − 津島厚相

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津島雄二厚生大臣と太田美奈子記者(左)、八戸宏文記者(右)=8月10日、ホテル青森で
【青森市戸山西小五年・太田美奈子】

−厚生大臣の仕事で一番大変なことは何ですか
津島大臣「年をとると病気にかかりやすくなります。お年寄りの医療費は、わかい人の六倍もあります。だから、お年寄りが病気をすると、保険にたくさんのお金がかかってしまいます。そのたくさんのお金は、わかい人たちが、しはらわなければなりません。そのたくさんのお金を、わかい人にどうやって納得してはらってもらえるのか−。それが、厚生大臣の最も頭のいたい仕事です」

 「もう一つあります。年をとると、仕事を辞めなくてはならなくなります。仕事を辞めると、お金が入ってこなくなります。お金が入ってこないと、生活ができなくなるから年金を使います。その年金にかかるたくさんのお金を、どうやってまかなうか−。これも厚生大臣の仕事で大変なことですね」

−「厚生省の三つの柱」の中に「健康と安心を目指します」とあり、そこに「新しい技術を確立するための厚生科学研究」と書いてあります。どんな研究をしているのですか
 「病気の原因の研究、病気にきく薬の研究、遺伝子に影響を与えトラブルを起こす薬はないのか、またどういう治療をしていけばよいのか−このような研究をしています」

−厚生省で働く人は何人ですか
 「七万六千人で、そのうちの五万三千人が国立病院で働いています」

−少子化が進んでいます。私は、子供の数が少ないと、お年寄りの世話をする人が少なくなったり、だんだん人口がへる問題があると思います。子供の数を増やすため、どんなことをしていますか
 「保育時間を延長することです。保育園はふつう午後五時までで、お母さんの仕事が六時までだと、あずける所がないから保育園を延長するんです」



【青森市沖館小六年・八戸宏文】

−森総理に「厚生大臣になってくれ」と言われたときはどう思いましたか

津島大臣「大変な仕事を受けたと思いました」

−ダイオキシンについて、どのような対策を立てていますか
 「そもそもダイオキシンは、物を燃やしたときにできる物質で、全部ではなく、一部が人体に悪いのです。この原因のほとんどが、家庭や会社から出るごみです。ダイオキシンを減らすためには、高温でごみを燃やす焼却場にしなければなりません。今の焼却場は二十五年前のものがほとんどだから、今、予算をかけて、高温でごみを燃やせる焼却場に換えようとしています」

−環境ホルモンについて、どのような対策をしていますか
 「環境ホルモンは、人体の内分泌物質を乱すもので、動物実験で、ある物質を与えると、子供が生まれなくなったりします。まだ、“説”の段階ですが、かなり有力で、影響を与えるかもしれません。人が科学にとりくむようになってから、知らず知らずのうちに、人に害を与える物質が出てきたのです」

−遺伝子組み換え食品についてどう思いますか
 「遺伝子組み換え食品は、食品の基礎的部分を変えることです。一番、組み換えが行われている食品は、大豆です。大豆を丈夫にするためアメリカで遺伝子組み換えが行われていますが、慎重に行っています。また、わが国でも厚生省が、遺伝子組み換えをみとめている二十九種類の農作物については、データなどをもとに、慎重に審査をしています」

−なぜ幼稚園は文部省の管轄なのに、保育園は厚生省の管轄なのですか
 「同じような施設と見られていますが、目的がちがいます。幼稚園は、小学校前の子供を教育するのが役目です。また保育園は、とも働きや、昔だったら農業で小さい子供を見ている時間が無い家庭の子供をあずけるところでしたが、だんだん目的が同じになってきています。幼稚園に昼寝やおやつの時間ができたり、保育園でも教育をしてきています。小学校に入る前に、心がまえができるようにしなければいけません」

−なぜ政治家になろうと思ったのですか
 「人にはいろいろ夢があります。私の夢は、人の喜びを見ることでした。ですから政治家になりました。国民のために仕事をして、国民が喜んでくれるのがうれしく思います」




■ コラム「未来人」

【青森市浦町小六年・當麻絢子】 六年前に亡くなったおじいちゃんの部屋から、古いダンボール箱に入った使用ずみ切手がたくさん出てきた。消印は昭和30年代のものもある。私の生まれるずっと前だ。色とりどりの古びた切手。いったい何のために集めていたのだろう。家族のみんなも、おじいちゃんがそんなそぶりを見せたことがなかったので、とても不思議がった。

 ところでみなさんは、使用ずみ切手が人の役に立つことを知っているのだろうか。切手を集めているのは青森市社会福祉協議会。内容を知りたくて取材をもうしこんだ。ボランティア係の斎藤宏幸さんによると、ここに集められた使用ずみ切手は「ジョイセフ」という財団に送り、海外または国内の収集家に売却される。そして、そのお金はアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの開発途上国の人々のために有効活用される。

 例えばその国の助産婦さん、看護婦さんに再生した放置自転車を送ろう運動(ムコーバ)だ。自転車一台を送るには、切手が約十五キログラム必要だが、今まで何キロメートルも歩かなければ手に入らなかった薬や水が容易に手に入るようになり、大変よろこばれているそうだ。

 切手ははがさずに、一センチほどの余白を残して切ればいいだけ。とてもかんたんだ。一人で集められる量はわずかでも、学校や会社、地域単位で集めると、たくさん集まるのではないか。捨ててしまえばただの燃えるごみだけれど、みんなが関心をもって力を合わせて集めればすごいぞ。

 小学生最後の夏休みに、ボランティアについて考えられたのは、おじいちゃんから私へのプレゼントだったのかな、と今思っている。




■ 時評

◆緑と花を育てていって

【青森市幸畑小六年・遠藤明希子】 「緑と花を育てきれいな町にしましょう」。私の通う青森市幸畑小学校の玄関にはってある青森市民憲章の一番最初の節だ。

 しかし、憲章の精神を実行にうつしているのだろうか。緑を育てているのだろうか。

 私の通学路の途中に幸畑陸軍墓地がある。八甲田雪中行軍の犠牲者をまつっている所だ。春には桜が咲き、花見やレクリエーションにおとずれる市民が多い。

 だが、このところ年々、桜の花が少なくなってきた。詳しい人に聞いたら、桜の木が病気になっているのだそうだ。木をよく見ると、あちこち固まりになっていて枯れ枝も多い。

 墓地の奥に行くと多行松というめずらしい木もあるが、これもどの木を見ても枯れ枝だらけでがっかりしてしまう。墓地の入り口にこのような表示がされている。

  青森文化財
  史跡天然記念物
  幸畑陸軍墓地
  (多行松七十七株を含む)

 そして、墓地の中に「記念樹」と書かれた立て看板がある。それにはこう書かれている。

  青森県 ヒバ
  岩手県 ナンブアカマツ
  宮城県 ケヤキ
       昭和五十七年 

 その記念樹も枯れ枝が多く、立て看板も根元から折れて、木に立てかけてあった。とても残念に思う。市民憲章を守り、緑と花を育てていってほしいものだ。


◆森林をみんなで大切に守ろう

【青森市大野小六年・小田桐亜美】 森林がなければ大変なことになる。まず、砂ばく化が進んでしまう。そして木の葉がないと光合成ができなくなり、私たち人間や動物は生きていけなくなる。それは、酸素が生産されなくなるからだ。木材を使う家などはできなくなる。

 森林は減ってきている。なぜか。木をばっさいしても苗を植えないためだ。木を切りっぱなしにしているのだ。酸性雨の影響も大きい。ヨーロッパなどでは、酸性雨で木が枯れて問題になっている。

 森林を守るため、私たちでもできることはないのだろうか。一番簡単にできることは、ごみを森に捨てないことだそうだ。火のついたたばこをかんそうしている森に捨てれば、すぐ山火事になってしまう。広い森が失われ、森が再生するまでに何十年もかかる。

 森林は天然のダム、と言われている。長い時間、森の地中にたくわえられた水がわいて出て、私たちはおいしい水を飲むことができる。そのためにも、森を大切に守っていかなければならない。

 森を守るため、森林ボランティアの人たちがいる。木をちりょうする人たちもいる。みんな、がんばっている。私たちも、自分たちでできることから始めて、森をいつまでも残していきたい、と思う。




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