| 2000年1月31日(月) | ![]() | 第2号 |
【階上町赤保内小6年・下川裕理】 最近、環境破壊という言葉をよく耳にする。それは私たち人間が生活していくために犠牲になった自然の姿に、ようやく人間が気づき始めたからではないだろうか。 今の時代、人間は生きてくために自然を犠牲にしているような気がする。とくに発電のために多くの自然が犠牲になっている、と私は思う。発電所を造るため、そして発電などで出る大気汚染物質のせいで空気が汚れてきている。だが、今の時代に電気は必要不可欠なものである。 そんな発電だが、原子力発電は偉い。大気汚染物質も二酸化炭素も出さないし、エネルギーを再利用できるため夢のエネルギーと言われてきた。テレビのコマーシャルで、一度はそう宣伝しているのを見たことがあると思う。 そんな中で、その危険性を国民の中で心配した人もいると思うが、国は絶対安全ということでカタをつけた。だが、人間がやることに絶対はない。それが昨年九月三十日に起こった臨界被爆事故で明らかになったし、原子力関連の絶対安全神話も崩れたはずである。資源が少なく、原発推進国の日本に、大きなダメージを与えたと思う。 原発にもいろいろ問題がある。その一つは、残された廃棄物をどうするか、がそれだ。原発の廃棄物は数万、数億年にわたり放射能を出す。それを受け継いでしまう人たちはどんな気持ちだろう。これから先、どういう問題が起こるか分からない。問題をすべて次の世代におしつけるような考え方はいけないと思う。問題によっては、自然も人も危機にさらされるはずだ。 今のような発電を続けていくと、人は自然を破壊し、人が地球の廃棄物になってしまう気がする。 資源が少ないからといって、すべてを原子力にたよるのはどうだろうか。環境を破壊しない原子力といえど、放射能がもれれば、環境を破壊してしまう。 資源の少ない日本でも、風力や太陽の力を使った発電はできる。私は危険性のある原子力より、自然や人にも優しい自然の力をかりた発電を主流にすべきだ、と思う。自然が限りなく与えてくれる力を使った発電は、今は能率がよくなくても、きっと大丈夫になると思う。 これから先、自然にも人にも優しいクリーンなエネルギーが発電の主流になることを私は望む。そうすれば、これ以上自然を破壊しないですむし、限りのある資源を必要以上に失わなくてすむはずだ。 夢のエネルギーは、原子力だけでないことに、もっと気づいてほしい、と思うし、もっと太陽、風力などの発電にも関心を持ってほしい。
【上北町上北小6年・中野晃子】 今、二酸化炭素が増えているということは、国などではなく地球レベルの問題になっている。 そして今、世界中で少しでも二酸化炭素を減らそうとしている。 地球は太陽から日射を受ける一方、地面から赤外線を出している。 そして、赤外線を吸収する気体が空気中にあると、地表が日射により暖まる。これが温室効果だ。赤外線を吸収する気体を温室効果ガスと呼ぶ。二酸化炭素はそれの一種だ。二酸化炭素による温暖化はこのためだ。 地球が温暖化すると北極の氷が解け海面の水位があがり、世界の低い土地が海に沈んでしまう。 例えば海面が三十センチ上がると日本の砂浜の六〇%がなくなってしまう可能性があるそうだ。これが一メートル上がると砂浜の九〇%が消滅し広い範囲が水没する可能性もある。 今、温暖化防止へのなにかの対策をとらなければ将来、人類は絶滅してしまうかもしれない。 私はこの問題をほうっておけないことだと思う。私たちは環境について真剣に考えなければいけない。 日本の二酸化炭素の排出量は世界で四位だそうだ。 日本は他の国に比べて小さいのに四位ということは、二酸化炭素の排出量が多いといえるだろう。 二酸化炭素の排出を減らすためには、私たちにできることもある。省エネルギーとリサイクルだ。 例えば、割りばしを使わない、冷蔵庫を不要に開け閉めしない、夜は早く寝る、コンセントは抜いておく、テレビを見る時間を少なくする、捨てるものをうまく再利用する、買い物には袋をもっていく、牛乳パックを捨てないなどできることはたくさんある。そして、今の季節は、暖房の設定温度を下げたり、こたつの強さを「強」から「中」にして、着るものを一枚増やすのも効果的だ。 私は、自然に恵まれている人たちは「自然」ということを意識しないのではないか。「自然」という言葉は自然から切り離された私たちが使うものかもしれない。私たちが望むものはきれいな、空気、水、日光、つまり良好な環境。 人は、自然とひきかえに、便利な暮らしを手にいれてきた。 今、その便利な暮らしを見直す時代がもう来ていると思う。
【五所川原市藻川小5年・加藤美里】 車は現代社会に不可欠なものとなっている。しかし、この車が環境を悪くさせるひとつの原因となっている。大切な地球のために、車をじょうずに利用する方法はないものか、今できることはなにか、などを考えた。 今は、車がぶつかってもけがのしないようにエアバッグが作動し、ブレーキを思いっきりふんでもアンチロックブレーキが働き、車を効果的に停止させるそうびがある。 また、モーターとエンジン、電気とガソリンの良いところだけをおたがいに出しあい、燃費を約二倍向上させ、二酸化炭素の排出量も規制値の約十分の一におさえられるようになった。 さらにボディーは、廃車から再利用できるようなリサイクルシステムができている。とくにバンパーカバーなどがよく再利用されている。 このように現在でも自動車ぎょうかいは、環境対策にいろいろ知恵をしぼっているが、未来のためにさらに努力を積み重ね、究極のエコロジーカーを実現させなければならないだろう。 二十一世紀に向け、車のあらゆる可能性を求め、各社それぞれが技術をきそいながら環境にやさしい車を生産してほしい。そしてより良い生活が送れるようにしてほしい。
【弘前市第二大成小5年・清水貴之】 ぼくたちが住んでいる地球をとりまく環境は、多くの問題をかかえている。地球温暖化もその一つだ。 その原因になっているガスはいろいろあるが、中でもフロンというガスがくせ者なのだ。 地球のまわりにはオゾン層があり、太陽からとどく強い紫外線を吸い込んで、ぼくたちを守ってくれる。 ところが、人間の出したフロンガスなどによってオゾン層がはかいされてきているのだ。フロンガスは、冷ぞう庫やクーラー、スプレーなどに使われていたもので、それが空にのぼってなんとオゾン層を食べていたのだ! フロンガスは、今後作られないことになったが、オゾン層がもとにもどるには、あと五十年はかかる。でも、これで安心はできない。航空機から出る排気ガスなどもフロンガスと同じように、オゾン層をこわすおそれがあるそうだ。 そうなると、紫外線の魔の手が…。ちょっと待てよ、ぼくはきょねん、アトピーで入院したときに、紫外線の治りょうを受けたはずだ…。退院するころには、すっごく良くなった。あれはいったい…。そこで、治りょうをしてくれた国立弘前病院皮膚科の花田勝美先生に聞いてみた。 「紫外線とは、太陽が出す光線の一つで、弱い順にA波、B波、C波に分かれる。C波は、とても強力で、生物のDNAをはかいするほどの力をもっている。しかし、C波はオゾン層によって防がれているため、地上にはこない。もしオゾン層がなくなったら地上生物は死滅してしまうのだ」 「B波が、ごぞんじ日焼けのもとだ。これが、オゾン層のはかいによって、今まで以上に多く届くようになった。そのため、皮膚がんの増加、目の病気、免疫力の低下などいろいろな悪影響が出てきた。A波は、女性の大敵しわ・しみのもとになる。紫外線ってこわいだろう」 じゃあ、なぜ、そのこわい光線を治りょうであてたのだろう。先生の説明は続く。 「実は、紫外線はいいところもあるのだ。それは、まず殺菌力。ふとんやまな板をほすのは、そのためだ。次に、ほねを作るのに必要なカルシウムをきゅうしゅうするビタミンDを作ってくれるのだ。そして、アレルギー体質の人の、かじょうになっている皮膚の自己防衛機能をおさえるはたらきもあるのだ」 オゾン層は、地球の皮膚のようだ。地球も人間と同じで、皮膚がないと大変なことになってしまう。だからぼくは、いろんな研究をして、地球にとっても、人間にとっても、いいことは何か−を見つけ出していきたい。
【弘前市小沢小5年・古山和憲】 「はだしのゲン」を知っているだろうか。原爆の悲さんさをうったえるとともに、原爆で死んだお父さん、お姉さんのかわりに少しでも長く明るく生きぬこうとする少年の話だ。 ぼくは昨年九月、とてもショックなニュースを知った。東海村りん界事故である。皮ふがとけたり、被災者を助けようとして被ばくしてしまう人を見て、ぼくはゲンの中のシーンを思い出し、悲しくなった。 放しゃ線は目に見えないだけにおそろしい。「日本の原子力は安全だ」と言われた神話がくずれた、といわれる。青森県には六ケ所村の核燃料サイクル施設がある。絶対に同じまちがいをしないでほしい。広島の原爆被ばく者が、今もいることを忘れないでほしい。 ゲンのえい画の最後に、植物が生えないとされた広島の土地に麦が芽を出したシーンがあった。自然の力のたくましさだ。青森県をいつまでも緑の多い土地にしてほしい。ぼくたちが大人になる二〇〇〇年代、原爆も戦争もない時代にしたい。
【七戸町七戸小6年・山本茉季】 北海道や東北地方のごく一部にしか生息せず、絶滅の危機にさらされているニホンザリガニ。体長五−六センチ、茶褐色をしていて、きれいなわき水が流れる沢にすむ。この貴重な(ニホンザリガニ)が七戸町にいたという情報を耳にし、昔の町の様子を地域の人に聞いてみた。今から二十年ぐらい前、私たちの父や母が子供のころには、ニホンザリガニはたくさんいたそうだ。自然の中でたくさん遊んでいたという。だが今は住宅が建ち並び、見かけなくなってしまった。 ニホンザリガニをあちこちで見かけられた昔は、七戸町の自然がとても豊かだったことが分かる。しかし環境はすっかり変化してしまった。そこで、町の環境に注目していた七戸小の六年生はニホンザリガニの情報をもとに、各ポイントを探すという活動を始めた。 しかし簡単には見つからなかった。あたりを見渡すと道路工事をしていたり、車の排気ガスが多く出ていたりした。さらに家庭排水が混ざっていることも分かった。それでもあきらめず調査を続けていると有力な情報が手に入った。 すぐその場所へ足を運んだ私たちは、人通りが少ない、車の通行がほとんどない、家が建っていない、という三つの条件に気がついた。つまり人間の手が加えられることなく、そのままの自然が残っている場所だった。 探し始めて一、二分、確かにニホンザリガニを見つけることができた。一匹目の後は次々に発見することができた。やっと見つけたうれしさと同時に、豊かな自然の中で遊んだ昔の子どもたちの気分を、ほんの少し味わえたような気がした。私たちは今、なぜニホンザリガニが生息する場所としない場所との差が出てしまったのか話し合っている。 「町の環境を守っていくために、あなたができることは何ですか」と質問してみたところ「ごみを捨てないように心がける」「一人一人が自然(環境問題)についてしっかり知っておかなければ」という意見が多く挙がった。 「どのようにニホンザリガニを、またニホンザリガニが住み続けられるための自然を守っていくか」。今すぐにでも、私たちにできることが、必ず何かあるはずだ。町の人、さらに全国の人々に一緒に考えてほしい。絶滅の危機にさらされているニホンザリガニは、いわば人間の手によって失われていく自然なのだ。 ※写真は七戸町内で見つかったニホンザリガニ
【七戸町七戸小6年・二宮渉】 七戸小六年生は、国語で「人間の生活がほかの生物のすみかを奪っている」ことを知り、七戸町でも絶滅寸前の貴重な生物がいないか、調べることにした。 平成九年度から始まったこの活動は一年目、ニホンザリガニを調査し発見、町の広報で環境やザリガニを保護するよう呼びかけた。二年目は、絶滅から守るため、清流装置をつくり養殖したりザリガニ公園をつくるなどの方法を専門家と話し合った。そして三年目に、すみかを二カ所発見した。 しかし、このうち一カ所は新幹線予定地であることがわかった。この工事でザリガニがどうなるのか気になったので、七戸町開発室に問い合わせたところ「予定している新幹線の線路を曲げるわけにはいかない。ザリガニを、ほかのすめそうな所に移住させるなど、これから考えていかなければならない」と話していた。 しかし、ザリガニの移住はむずかしい。理由は、ザリガニのすめる条件にあてはまる場所が本当にあるのか分からないし、専門家のアドバイスによると、なによりも自然のままが一番、ということだったからだ。 つまり、今、ザリガニがすんでいる場所が、そのザリガニにとって最も適した環境だということである。それが、人間の技術の進歩や便利さの都合だけで滅びようとしている。小さくてもこの地球に生きているのに…。 町の人たちは、新幹線を楽しみに待っているが、その豊かさによって、大切なものが少しずつ失われていく事実を忘れてはいけない。人間も動物の一種であることを自覚し、地球を、環境を守ろうとする意識を持つかどうかで、ニホンザリガニの絶滅の危機を救えるか、または人間が地球上にすむ動物として生存できるか、が決まると思う。 ぼくたちは、時代の流れや技術の進歩を受け止めながら、ザリガニだけでなく、地球にすむほかの生物も守っていかなければならない。 二〇〇〇年代、環境と便利さがつり合った七戸町であってほしい。
【三沢市上久保小6年・石原尚希】 「自然を守る道」を見つけるにはどうしたらいいかを考えた。僕の住んでいる周りは、ここ数年で多くの家が建ち、たくさんの木が切られてしまった。以前は、小鳥やキジが林に来ていたのに、木が切られた後は、その姿が見られなくなってしまった。近くの公園さえも草や木を取ってしまった。でも、家を建てるために木を切るのは、しかたがないことだと思った。 残り少ない自然を守るため、僕は今、こんな大きな夢を持っている。 それは(1)道路の両側にそうじ機をたくさんおいて、車の排気ガスをすわせる(2)木や草がいっぱいある公園や施設をつくる(3)川にごみが入らないように、小さな穴がたくさんあいたビニールで川をおおい、雨水だけ川に入るようにする−の三つだ。 しかし、こんな無理なことではなく、ちょっとしたことでも自然を守ることができる、と思う。たとえば(1)近くへ行くときはなるべく車を使わない(2)ごみのポイ捨てはやめ、なるべくリサイクルに出す(3)油は紙で吸いとってから捨てる−などだ。 こんな簡単なことでも実行するのは難しいと思うが、一人ひとりが自然を守る心がまえを示してくれれば、地球が幸せになるような「自然を守る道」が見つかるのではないだろうか。もしそうなったら、どんなに良いことだろう、と思う。二〇〇〇年は地球がどう変わっていくのだろう。 ※写真は以前は山だったが、ここ数年、家が建ちはじめ、鳥や動物がこなくなってしまった=三沢市
【弘前市第二大成小5年・中浜彬恵】 五年生の社会で「公害」を習った。公害について考えてみた。 公害とは、そう音、悪しゅう、水や大気のよごれなど、人々の生活や健康を悪くするもののことだ。わたしはふだん、工事のそう音、ごみ捨て場からの悪しゅう、自動車のはい気ガスによる空気のよごれが気になっている。地いきの人も「どうにかしてほしい。自分たちの体が心配だ」と言っている。 最近はダイオキシンなどの問題もあるが、公害のほとんどは、工業が発てんしたためだ、と思う。今のくらしをつくってきたのは人間なのだから、このような問題も人間の手で解決してほしい。 二〇〇〇年という新しい年。公害も一つの問題として、解決に向け、取り組みが行われることを望む。わたしたちのような小学生でも、できることはたくさんあるはずだ。小さなことでも真けんに取り組むことが大切だと思う。
【板柳町小阿弥小5年・成田麻美】 各家庭でごみを燃やしている。これがダイオキシン発生のもとになっている。 ビニール系以外のものだったら、燃やしてもいいと思っている人も、中にはいるのではないだろうか。でも、それはちがうのだ。 各家庭でごみを燃やしている時は、一〇〇〇度以下の時が多い。一〇〇〇度以下でごみを燃やすと、ダイオキシンが発生するのだ。 ダイオキシンが体内に入ると、子供を作れない体にしてしまうのだ。 そうなると子供が生まれなくなり、わかい人たちがへって、こうれいしゃがふえていく世界になるだろう。そうならないために、各家庭がわきまえて、考えていくべきではないか。
【むつ市苫生小5年・石塚稚菜】 むつ市の苫生小学校五年一組の十人に「二〇〇〇年の自然」について、私たちがどうすればいいのか聞いてみた。 一番多かったのは「グリーンマークを集めて木を植える」など「自然を豊かにすること」で五人だった。ほかには「ごみを捨てない」「リサイクルを心がける」といった答えがあった。 質問する前は、ごみ問題の答えが多いだろうと思っていたが、意外にも「自然を豊かにする」という意見が多かった。私も「緑を増やせばいい」と思っていたので、同じ考えの人が多いことが分かり、心強いと思った。
【階上町金山沢小6年・大沢憲章】 ぼくは、足に障害をもっている。足が内側を向き、かかとがういているのだ。だから、不便を感じることはたくさんある。 でも、何よりもぼくが一番いやだなあ、と感じていることは、まわりの人たちの目である。どこへ行ってもみんながぼくの足を見る。悪気はないと分かっていても、とっても悲しい気持ちになってしまう。 ぼくは、二○○○年代に望む。ぼくのように足がまがっている人間がいたって不思議でもないし、同じ人間として変わりはない、と感じてくれる世の中を。 つまり、背の高い人・低い人、足がまっすぐな人・まがっている人−というように、単に体の特ちょうにすぎないと考えてもらいたいのだ。 ぜひもう一度、障害をもった人たちに対する見方について考えてもらいたい。そして、障害をもっている人たちと障害をもっていない人たちが自然にふれあえるあたたかい社会になることを期待している。 もちろん、そのためにはぼくのように障害をもった人たちも、自分にひけめを感じぬよう努力していかなければならない。
【中里町中里小六年・成田彩乃】 福祉の中で介護について考えてみた。 今、介護が必要なお年寄りが年々増えている。そのため、介護施設が各地に整備されるようになってきた。しかし、施設だけあっても介護職の人がいないのでは意味が無い。 介護職は以前、「3K」のイメージがあったようだが、テレビなどメディアでの職場紹介などにより、介護職は徐々に「やりがいがあり意義のある仕事」に変わりつつある。短大生や大学生、転職する人からも介護職を志す人がかなり増えている。 現代は昔に比べ、かなり科学が発達しているため、医学などのように、昔できなかったことが実現できるようになってきている。機械などのおかげで身の回りのことも便利になった。しかし、科学が進んだ今でも人が望むのは、人とのふれあいではないか、と私は考える。 今から二年前の夏に私は町の福祉センターでボランティア体験をした。お年寄りの人たちは、いっしょにお話をしたり遊んだりすると、とても楽しそうな表情をしてくれた。二○○○年代には、学校の授業に「福祉」を取り入れてみてもよいのではないか。 二○○○年から未来へ向けて−。どんな所でも暮らしやすくなり、たくさんの人が福祉に関心を持ってくれて、みんなが幸せに暮らせるようになることを私は望む。
【階上町登切小6年・中城由紀子】 超高齢社会に突入し、さまざまな援助が必要なお年寄りが、年々増え続けている。このような社会で、私たちは何ができるだろう。 お年寄りは、不安や孤独を感じやすい、と聞いたことがある。その不安や孤独を少しでもとり除くことができれば、より安心して生活できるようになる、と思う。私たちはまだ、身体面の介助をすることは難しいが、少しなら心の支えになれる、と思う。話し相手をしたり、声をかけたりすることもその一つだろう。 これからの時代に私が望むことは、お年寄りが安心して生活できる環境をつくることだ。そのための第一歩として、一人ひとりの細かい気配りが大切だと思う。
【板柳町小阿弥小五年・成田怜加】 しょうがいをもっている人たちが、安心してすごせるような街になればいいな、と思う。 たとえば身近なことだが、歩道や道ばたに自転車が何列も並んでとめてあるのが見られる。道は、すごくせまくなっている。そのような場所は、体が不自由な人たちにとって非常にめいわくだ。みんなが助け合い、自転車をできるだけすみに寄せたり、いどうさせたりすればよい。また、自転車をたおしてしまったら、近くにいる人たちが起こしてやればいい。このように助け合えば、体の不自由な人も安心してすごせるのではないだろうか。
【五所川原市南小六年・七戸亜衣】 私の弟は冬休みにおたふくかぜの予防接種をした。いつでも必要な時にワクチンを利用できる私たちはとても幸せだ。一九九六年に生まれた世界の子ども一億三千二百四十万人のうち一千百六十九万人の子どもが五歳になれず死んでしまった。一日に三万五千人の子どもが栄養失調やありふれた病気で死んでいる。私たちの国、日本では毎年一千万トンもの残飯が捨てられている。これは一日あたり五万人分の食べ物にあたる。 日本はあちこちの国からいろいろなものを輸入して生活している。それなのにこんなに食べ物を捨てているなんて、なんだか悲しくなってしまう。私たちは自分がどれほど幸せかわかっていないと思った。必要なものだけかっていれば、好ききらいせずなんでも食べていれば、このようなことは防げたと思う。 日本では死亡した千人のうち子どもは六人。アフリカは千人のうち百七十人。バングラデシュは千人のうち百十二人。この子たちのほとんどが下痢やはしか、急性呼吸器感染症など予防接種で防げる病気で死んでいる。 そこでユニセフがWHOやその他の機関と協力し「予防接種キャンペーン」を進めた。一九八〇年代は予防接種率が二〇%だったが、一九九〇年に入ると八〇%に広まった。 世界中の子どもたちが弟のようにいつでも予防接種ができれば、子どもの死亡率はどんどんへっていくと思う。 もう一度考えてみたい。私たちは本当はどれほど幸せかということを。今のこの幸せをかみしめて命を大切にして生きていきたいと思った。 ※写真は弟の予防接種の様子
【青森市合浦小五年・佐々木春香】 青森市の除雪は十一月の末ごろから始まる。 青森市の冬は、弘前市や八戸市に比べ雪が多く、一年間でとてもつらい季節なのである。 冬にはいろいろな問題がある。道路につもった雪を除雪車がきれいにしても、その雪を家の前においていかれると、とてもこまる。雪がふると子供はうれしいが、大人などは除雪車がおいていった雪を運ぶのが、ひとくろうだ。 雪すて場がある家はいいのだが、雪すて場がない家は、歩道に雪をすてるので、人が歩く場所がなくなる。このため、人は危ない車道を歩き、事故がおきやすい。 お年寄りは、さらに大変だ。お年寄りは、自分の家の前におかれた雪を運ぶとき、足こしがいたみ、大変だ、という人が多い。わかいときは、なんの苦もなく家の前におかれた雪をせつせと運んだが、だんだん年をとるにつれ、それが大変になってくる、という。しかし、家の前に雪をそのままおいておくわけにはいかないのでこまっている、とお年寄りたちは話している。 このような問題をかいけつするにはどうしたらよいでしょう。二○○○年代に向け、みなさんもう一度考えてみたらどうですか。
【青森市浦町小五年・当麻絢子】 今年の冬は雪が少なくてみんなが楽だと言っている。楽しい冬をすごしたい私は、雪問題について考えた。 一つは、青森は温泉がたくさん出るところらしいので、温泉をほって、そのはい水をつかって流雪こうを町じゅうにたくさん作るといいと思う。 二つ目は、県内に雪雲がくる前に、花火かミサイルを命中させて海に雪をふらせることはできないかな。だれか専門家の人考えてみてください。
【三沢市木崎野小六年・小山石隼】 今、少年犯罪、いじめ、不登校が増加してきている。そこで、ぼくを含めた二○○○年代の子供たちに必要なことを考えてみた。 自分なりに考えた答えは「人を信頼する」ということだ。ぼくたち子供同士、先生と子供たち、子供と地域の人−というように、身の回りの人を信頼することが、二十一世紀の子供たちには必要ではないか、と思う。 そのために、学校では、先生も子供たちもお互い、”素(す)”の自分を出して接することが大切だ。だから、勉強や休み時間以外に、先生も子供もいっしょに、いろんなことを体験する、心の交流の時間が必要ではないだろうか。 また、先生と親が、人と人とが信頼しあって生きていくうえで必要な、社会のルールを、きちんと子供に教えてほしい、と思う。 人を信頼する子供、相手のことをよく知るための交流の時間、社会のルールを教える先生と親−この三つが大切だと思う。そうすれば、少年犯罪、いじめ、不登校は少なくなる、と思う。そして、犯罪のない二十一世紀になってほしい。
【三沢市木崎野小6年・松林慧】 いまは、いろんな所に、困っている人のための施設がある。百年前より文明が大きく発達し、みんなのやくにたっている。 しかし、人間は百年前とくらべて大きくかわっているだろうか。たとえば、困っている人がいても、手をさしのべず、むししている人も中にはいる。悪いことをへいきでしている人もいる。 それは、文明が豊かになったぶん、人の心が貧しくなっているからではないだろうか。心が豊かで、心がつうじあえる人が増えてほしい。
【青森市浜田小六年・石澤理恵】 一九九九年に、いろいろ悲しい事件がたくさんあった。二○○○年代は、そのようなことがなくなってほしい。 いじめ、毒物混入事件−。その人の気持ちがわからない。けれど、もし気に入らないことなどがあって、そういうことをやるのであれば、自分の心は一生すくわれない、と思う。そんなことをするよりは、気に入らない気持ちを、その人に告げればいい。それでもダメなら相談する制度がある。裁判もある。いろいろな方法がある。 それなのに…。私はふしぎだ。 戦争のおそろしさを知っている人は多い。私は、これらの事件などを戦争のようなもの、と考えている。戦争も事件もみにくい。こうして考えてみると、ほとんど毎日が戦争だ。 二○○○年からは、事件なしで、笑ってすごせる日々であってほしい。
【三沢市上久保小六年・高橋典子】 春からいよいよ私は、中学生になる。中学校の話は、六年生になったころから、担任の先生がみんなにしてくれるようになった。教科が増えたり、内容が難しくなったり、という勉強に対する不安が一番だが、そのほかにも部活のことや友達関係も心配だ。 私の今のクラスは、みんな仲がよい。授業中も休み時間も楽しい。だから「今日、学校に行きたくない」と思ったことはなく、毎日面白い。 私の母はいつも「元気で、毎日楽しく、学校生活を送ることが何よりも大切だ」と言っている。簡単なことのように思えるが、実際、そう感じている児童は、私の周りにどれくらいいるのだろうか。だれもが「毎日楽しい」と感じることができる中学校だったら、ほかに望むことはないはずだ。私はそう思う。 将来に向かって、心の通じあえる友達をたくさんつくり、もちろん勉強にはげみたい。 二〇〇〇年。区切りのいい年に中学生活をスタートさせるみんな、がんばろう。
【弘前市文京小六年・佐藤真由美】 みなさん、きいてください。私たちがかっている犬や猫は、いまや家族の一員。ですから、かわいく育ててあげたいですよね。 病気などにかかったらたいへんです。病気にならないように、かい主がペットの健康管理に注意することが大切です。 たった一日や二日、ごはんをあげないだけで病気にかかってしまう動物たちがいるかもしれないんですよ。ですから、私たちのかわいいペットを大切に育てましょう。
【弘前市文京小6年・山田千絵】 最近、街でよくみかける”ガングロ”は、体にとても悪い。体というより、皮膚に悪い。なぜなら、日焼けそのものが、皮膚に良いものではないからだ。それなのに過剰に日焼けするのだから、悪くないはずはない。現に、年月がたってから、シミが出てきたり、という症状がある。 流行は決して悪いことではないが、それが体に悪いことではなく、無害のものであってほしい、と思う。二○○○年代は、そこを考えて行動をしてほしい。
【五戸町五戸小五年・福田恵】 毎年五戸町の中心街で、豊作を願う五戸地方最大の祭りが行われている。だが、この祭りがどのように始まったのか、など分からないことがあったので調べてみた。 まず、五戸祭りは藩政時代の文政年間、京都からおみこしを購入して行われたそうだ。でも、なぜ、わざわざ京都からおみこしを購入してまで…。すこしおかしいと思った。 また、五戸祭りは、凶作の年に一度、中止していたことが分かった。 今の五戸祭りを見ていると、活気はあるものの、ビールを飲んで歩いたり、ごみを捨てたりする人を見かけるようになった。なんだか、五戸祭りをこわしているようでならない。 これからの五戸祭りは、地球にやさしい祭りにしていかなければならない、と思う。 |